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TS聖女の皮を被った怪物は、処刑台で愛を嘲笑う。~俺を殺そうとした世界だから、救う義理など微塵もない~  作者: かげるい


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第18話:国境を越える闇と、囁かれる「神隠し」

城塞都市バルドの朝は早い。  軍事国家であるこの国では、朝霧と共に兵士たちの演習の音が響き渡り、市場には活気というより殺気にも似た熱気が満ちている。


 宿の窓から通りを見下ろし、イリスは渋い顔でコーヒーを啜った。 「……平和ボケした聖教国とは大違いだな。空気がピリピリしてやがる」


 ベッドでは、グレンがまだ大の字でイビキをかいている。  昨夜の「ディナー」の後、結局二人は何も起きることなく(イリスがバリケードを死守して)朝を迎えた。だが、イリスの心にはまだ昨日の路地裏での一件がさざ波のように残っている。


(……考えるな。今は情報収集が先だ)


 イリスは頭を振って雑念を追い払い、地図を広げた。  この街は交通の要衝だ。ここで装備を整え、情報を集めなければ、北の「原初の祭壇」へ辿り着く前に野垂れ死ぬ。


「起きろ、グレン。仕事の時間だ」  イリスは容赦なくグレンの顔面に枕を投げつけた。


 ***


 二人は街へ繰り出した。  表向きは「旅の商人夫婦」を装い、市場や酒場を回って情報を集める。  だが、聞こえてくるのは景気の良い話ばかりではなかった。


「おい、聞いたか? またスラムで子供が消えたらしいぞ」 「ここ最近で五人目か? 人攫いの組織でも入り込んでるんじゃねぇか」 「衛兵は何してやがるんだ。……噂じゃ、衛兵隊長が裏で金を受け取って見逃してるって話だぞ」


 酒場の片隅で、男たちが声を潜めて話している。  イリスの耳がピクリと動いた。  子供の行方不明。  ただの犯罪なら捨て置くが、イリスの脳裏には、あの大神官ギリアムの金庫にあった「ガラス瓶」の光景が焼き付いている。


(……嫌な予感がする)


 イリスはグレンに目配せをし、さらに街の深部――貧民街の方へと足を向けた。  スラムに入ると、空気は一変して淀んでいた。  痩せこけた人々。崩れかけた建物。  だが、そんな絶望の中に、不釣り合いなほど「綺麗な」建物が一軒あった。


 『白銀の救済会・バルド支部』


 看板にはそう書かれている。  建物の前には、炊き出しを待つ長蛇の列ができていた。  白いローブを着た神官たちが、笑顔でスープやパンを配っている。一見すれば慈愛に満ちた光景だ。


「……おい、イリス。あの紋章」  グレンが低く唸る。  彼らが胸につけている紋章。それはデザインこそ変えているが、間違いなく聖教国エリュシオンの国教「聖教会」のシンボルを崩したものだった。


「ああ。……こんな所にまで出張所フランチャイズを作ってやがったか」  イリスは嫌悪感を隠さずに吐き捨てた。  聖教国の宗教は、他国ではあまり歓迎されていないはずだ。それなのに、ここでは貧民救済を隠れ蓑にして、着実に信者を増やしている。


「並んでいる連中を見ろ。……目が死んでいない」  イリスが指摘する。  炊き出しを受けている貧民たちの目は、感謝や希望ではなく、どこか焦点の合わない、陶酔したような熱を帯びていた。  それは、薬物か、あるいは強力な洗脳魔法の影響下にある者の目だ。


「……臭うな」  グレンが鼻をひくつかせた。 「スープの匂いに混じって、微かに『魔力草マナ・ハーブ』の香りがしやがる。依存性の高い幻覚剤の材料だ」


「ビンゴだ。……救済と称して薬漬けにし、労働力や信者として囲い込んでいるわけか」


 イリスはさらに観察を続けた。  建物の裏口から、大きな木箱が搬出されているのが見えた。  屈強な男たちが数人がかりで運んでいる。  木箱の隙間から、小さく白い手が力なく垂れ下がっているのを、イリスは見逃さなかった。


「――ッ」  イリスの中で、怒りの導火線に火がついた。  あの箱の中身は、子供だ。  行方不明の子供たちは、ここで「回収」され、どこかへ出荷されている。  恐らくは、聖教国へ送り返され、「聖遺物の材料」にされるのだろう。


「……おい、グレン。予定変更だ」  イリスは冷徹な声で告げた。 「俺たちの路銀が心許ない件についてだが」


「ああ? 稼ぐのか?」 「稼ぐどころじゃない。……あそこにある『汚れた金』を、根こそぎいただく」


 イリスは『白銀の救済会』の建物を指差した。  その瞳は、聖女の慈悲など欠片もない、冷酷な略奪者の色をしていた。


「人攫いの拠点を潰し、子供を解放し、ついでに裏金を全額没収する。……一石三鳥だろ?」


 グレンはニヤリと獰猛に笑い、指の関節を鳴らした。 「いいぜ。正義の味方は柄じゃねぇが、悪党からの略奪なら大好物だ」


 街で囁かれる不穏な噂。  その正体は、国境を越えて伸びてきた教会の黒い触手だった。  逃げた先にも、安息はない。  ならば、叩き潰すまで。


「今夜だ。……派手にやるぞ」


 イリスはフードを深く被り直し、喧騒の中に消えた。  城塞都市の夜に、二匹の怪物が牙を研ぎ澄まそうとしていた。

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