林道の先で
ワーウルフ退治を終えた俺たちは、王都へと戻る街道を歩いていた。
林を抜ける風はひんやりとして気持ちいいが、身体にはまだ戦いの疲労が残っている。胸の奥がじんわりと熱く、足取りは思った以上に重かった。
「ふぅ……やっと終わったね」
リリアが大きく息を吐き、額の汗を手の甲でぬぐう。陽に透ける亜麻色の髪が風に揺れ、汗に濡れた頬をきらりと照らしていた。
「やっぱりアレンは頼りになるよ。ちょっと危なっかしかったけどね」
「おい、余計な一言を足すな」
俺は肩をすくめつつ苦笑する。
女の身体にされてからというもの、剣を振るうだけで息が切れるようになった。魔力の巡りも、筋肉の使い方も、元の身体とは感覚がまるで違う。戦いのたびに、思い知る。勇者として積み上げてきた力が、思うように発揮できない。
「まったく……勇者失格だな」
思わず口の中で呟いたつもりだったが、横を歩くセラフィナがすかさず拾った。
「聞こえてるぞ。愚痴ならまだしも、自己卑下は癖になる。あんたはまだ戦えてる」
銀髪を揺らし、彼女は鋭い視線を向けてくる。口調は冷たいが、その眼差しの奥には妙な熱があるのを俺は知っていた。
リリアがにこっと笑い、俺の腕を軽く叩く。
「セラフィナの言う通りだよ。弱気なアレンなんて、アレンじゃないんだから」
「……そうかね」
俺はぼそりと答え、視線を街道の先へ逸らした。
朝靄の残る林道は、どこまでも続いている。鳥のさえずりが響くが、不思議と不安を掻き立てる静けさもあった。
そんな時だった。
「――た、助け……!」
細い悲鳴が木々の間から響いたかと思うと、一人の少女が道端へよろめき出て、そのまま泥の上に倒れ込んだ。
「おい!」
俺は慌てて駆け寄り、少女の身体を抱き起こす。
白いローブは泥と草で汚れ、裾はところどころ破れていた。透き通るような金髪がばさりと広がり、頬にはかすり傷。青い瞳は必死に開こうとするが、今にも閉じてしまいそうに震えている。
「大丈夫か!」
「……ま、魔物に……襲われ……」
少女はかすれた声を残し、咳き込んだ。
セラフィナが素早く剣に手をかけ、周囲を睨む。
「まだ近くにいるかもしれん。気を抜くな」
リリアはすぐさま腰のポーチを探り、布を取り出して傷口を拭う。
「大丈夫、落ち着いて。もう安全だからね」
優しい声音に、少女の瞳がほんのわずか和らぐ。
やがて、震える指先で俺たちを見つめると、彼女はぽつりと呟いた。
「……やっぱり……旅をしている方々、なのですね」
(やっぱり? どういう意味だ……?)
その一言に妙な引っかかりを覚えた俺の胸が、どくんと跳ねた。
少女は胸に手を当て、か細く頭を下げる。
「お願いがあります……私を……あなた方の旅に加えてください」
「はぁっ!?」
真っ先に声を上げたのはセラフィナだった。
俺も驚いて口を開けかけたが、少女は真っ直ぐ俺を見上げて続ける。
「ずっと……勇敢に戦う人たちに憧れてきました。魔物と戦える方々と一緒なら、私も人の役に立てると……」
そこで言葉を濁し、視線を伏せる。小さく震える声が続いた。
「……それに、あなた方は“勇者様の仲間”なのですよね?」
心臓が跳ね上がる。
(な、なんでそう思う!? いや……確かに俺は勇者だけど……今の姿じゃとてもそうは言えねぇ!)
リリアは目をぱちくりさせて俺を見る。セラフィナは額に手を当て、呆れたように深いため息をついた。
少女は必死に、だがどこか確信めいた様子で訴えかけてくる。
「だから……どうしても、共に行きたいんです」
俺は深く息を吸い込み、答えを探した。
彼女の言葉は無謀だ。見たところ、戦える様子はない。魔法使いか僧侶の素養はあるかもしれないが、実力は未知数だ。だが――その必死さに、心が揺れた。
「……いいだろう。ただし、俺たちの旅は楽じゃない。命を張る覚悟があるならな」
少女の顔がぱっと輝いた。青い瞳に強い光が宿り、胸の前で両手をぎゅっと組み合わせる。
「はいっ! ありがとうございます……! 私、ミュリエルと申します! 必ずお役に立ってみせます!」
無邪気なその声は、林道の空気を一瞬で変えた。
だが同時に、俺の胸の奥では不安が渦を巻く。
(……まずい。完全に勘違いされてる。このままじゃ――)
勇者だと名乗ることすらできない俺に、新たな仲間。
それは力強い助けになるのか、それとも新たな厄介の始まりか。
林道の先、揺れる光の中で、俺たちの旅は少しずつ形を変えようとしていた。