お姉ちゃんは勇者さま
雪原に静けさが戻って、どれほどの時間が過ぎただろう。
風は穏やかで、吹き荒れていた黒の霧も、今はただの澄んだ冷気に戻っていた。
戦いの爪痕は残っている。裂けた氷、焼け焦げた雪、倒れた兵。けれど、そこに漂う空気はもはや恐怖ではなかった。
それは、確かな「終わり」の証だった。
「アレン……!」
最初に駆け寄ってきたのはリリアだった。
彼女は膝から雪に崩れ、泣き笑いの顔で俺を支えた。
「よかった……生きて……ちゃんと……戻ってきて」
その言葉に、俺は小さく笑い返す。
戻ってきた。
そうだ、俺はもう女の体ではない。
呪いを振り切り、勇者の証と共に「男のアレン」として、再びここに立っている。
「本当に……」
セラフィナも近づき、疲れ切った顔で剣を杖にして立っていた。
その瞳には、騎士としての厳しさではなく、一人の仲間としての温かさが滲んでいる。
「見事だった。勇者失格などと、二度と口にするな」
「セラフィナ……」
俺は思わず苦笑した。
自分を見限るような言葉を、確かに何度も吐いてきた。けれど——この仲間と共に最後まで戦えた今、もうそんな言葉は必要ないのかもしれない。
その時、ミュリエルが駆け寄ってきた。
瞳を潤ませ、杖を抱きしめ、胸の前で小さく震えている。
「アレンさん……いえ……」
彼女は息を詰め、言葉を探すように唇を震わせた。
そして、ぱぁっと笑顔を咲かせた。
「やっぱり……お姉ちゃんです!」
雪原に、思わず間抜けな声が響いた。
「はあっ!? お、おい待て、なんでそこでそうなる!?」
リリアが吹き出した。セラフィナも呆れたように目を細める。
「……最後までそれか」
「だって……」
ミュリエルは真っ直ぐに俺を見つめて続ける。
「お姉ちゃんは、いつだって前に立って守ってくれました。女の姿でも、男の姿でも関係ありません。私にとっては、ずっと勇者で、ずっと……お姉ちゃんなんです!」
胸の奥が熱くなる。
呪いに苦しみ、勇者失格だと笑われ、男でも女でもないと悩み続けてきた俺にとって、その言葉は救いそのものだった。
「……参ったな」
顔を覆うと、自然と笑みがこぼれる。
「お前らにそう言われちゃ……もう逃げられないか」
「そうよ」リリアが肩を叩く。「ずっと逃がさないから」
「私も同じだ」セラフィナが頷く。「これからも共に行こう」
「はいっ!」ミュリエルが無邪気に笑った。
◇
戦いは終わった。
けれど、旅は終わらない。
雪原を越えれば、まだ見ぬ地が広がっているだろう。
新たな魔物、新たな人々、そして新たな物語が。
「なぁ、リリア」
「なに?」
「俺たち、また面倒事に巻き込まれると思うか?」
「絶対巻き込まれるね!」即答だった。
「断言するな!」
「だって、アレンが勇者なんだもん」
セラフィナがため息をつく。
「……まぁ否定はできんな」
ミュリエルは目を輝かせる。
「また新しい冒険が始まるんですね!」
俺は天を仰ぎ、白い息を吐いた。
空はどこまでも澄み渡り、雪は光を反射して眩しい。
世界は、もう呪いに縛られてはいない。
「よし」
仲間たちを振り返り、俺は剣を背に納めた。
「行くぞ。まだ俺たちの旅は続く」
「うん!」
「了解」
「はいっ!」
笑顔と共に、四人の足跡が雪原に刻まれる。
やがてその足跡は未来へと続き、どこまでも伸びていくのだろう。
◇
世界を覆っていた呪いは消え去った。
魔王は、もういない。
だが人々はこれからも勇者を求め、勇者の物語は語り継がれていくだろう。
その勇者は、俺。
そして——俺の仲間たちだ。
ミュリエルの声が吹雪の向こうで響く。
「お姉ちゃん勇者、今日も頼りにしてます!」
「やめろぉぉぉ!」
笑い声が雪原にこだまし、風がそれを運んでいった。
——こうして、勇者失格のお姉ちゃん勇者の旅は、これからも続いていく。




