表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/61

北方の砦

 夜明け前、俺たちは漂着の村を出発した。

 冷たい霧が川面を覆い、足元の石が凍りついている。長老エルドの示してくれた“谷底の抜け道”を進む。


「冷たい……!」ミュリエルが靴底を押さえた。

「霜が厚い。転ぶなよ」セラフィナが前に立ち、霧の中を切り開くように進む。


 午前を過ぎ、尾根を二つ越えると、視界の先に黒々とした砦の影が現れた。雪に覆われた断崖の上に、石の牙のように突き出している。

「……あれが」リリアが息を呑む。「魔王軍の残党が拠点にしてる砦」


 砦の周囲は不気味なほど静かだった。狼の気配も鳥の声もない。風に乗ってくるのは、金属の擦れる微かな音だけ。

「中に相当数いるな」セラフィナの声が低い。

「偵察しよう。正面は無理だ。谷を迂回して影から近づく」俺が言うと、全員頷いた。


 谷底は氷柱が連なる迷路のようで、足音を立てるたび反響が返る。慎重に進み、崖の陰から砦の側面を覗いた。

 石壁の一部に崩れた跡があり、そこから煤の匂いが漂っている。

「裏門の残骸だな。補修されてない」セラフィナが目を細めた。

「侵入できそう?」リリアが矢を握る。

「……できる。ただし、中に入れば戻れないと思え」


 俺たちは息を合わせ、崩れた裏門へと忍び込んだ。



 砦の内部は寒気がこもり、石壁には黒い煤が残っていた。

 崩れた礼拝堂の跡、壊れた武具庫、床に散らばる古い剣。人の影はない。だが、確かに「何か」がいる気配がした。


「足跡」リリアが囁く。雪混じりの床に、重い靴跡がいくつも重なっていた。

「ここ最近のものだ」セラフィナが跪いて確認する。「数は十、いや二十……」


 砦の奥へ進むと、大広間に出た。かつての玉座跡に、黒布で覆われた祭壇のようなものが据えられている。その周囲に兵らしき影が数人。鎧の継ぎ目から漏れる瘴気。

「……魔王軍の残党」俺は息を呑んだ。


 その時、広間に低い声が響いた。

「勇者の名が、再びこの地を歩むか」

 黒布の奥から姿を現したのは、蛇の尾を噛む輪――ウロボロスの印を刻んだ仮面の男だった。


 俺たちは身を潜めたまま息を殺す。

 仮面の男は兵らに告げた。

「間もなく“呪い”が目覚める。勇者は己の名に縛られ、再び夜へ堕ちるだろう」


 血が凍る。なぜ“勇者の呪い”を知っている……?


「撤退だ」セラフィナが囁いた。

 俺たちは足音を殺して後退し、砦の外へと戻った。雪の冷気が皮膚に突き刺さる。


「聞いたな」リリアが顔を青ざめさせる。

「……勇者の呪い。なぜあいつらが知ってる」ミュリエルが震える声で言った。


 俺は唇を噛みしめた。

 砦の中に潜む残党は、ただの敗残兵じゃない。勇者の呪いにまで通じている。――これは偶然じゃない。


「行こう」

 俺は言った。

「このままじゃ終われない。呪いの正体を突き止める。……それでも共に、だ」


 雪煙の向こう、砦が不気味に影を伸ばしていた。

 次に向かうのは、その正体を暴く旅路だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ