旅立ちの夜
夜は深まり、森はしんと静まり返っていた。
焚き火の火は小さくなり、橙の光が仲間の顔を淡く照らす。長い一日の終わり。だが眠気より先に、不安と決意が胸を満たしていた。
「ねぇ、アレン」
リリアが火越しにこちらを見た。
「私ね、勇者かどうかなんて、もう関係ないと思ってる。……でも一つだけ、確かに言える」
瞳が揺れずにまっすぐだった。
「私は、あなたを誇りに思うよ」
胸が詰まった。言葉が出ない。
代わりに、セラフィナが低く言った。
「……私も同じだ。王国の命に背くことは恐ろしい。けれど、それ以上に、お前の隣で剣を振るうことに意味を感じている」
ミュリエルが小さく手を上げた。
「私も! お姉ちゃんが勇者でも偽者でも、ずっとお姉ちゃんだもの。だから、私は信じる」
炎がぱちりと弾け、夜空に火の粉が舞う。
俺は深く息を吸い、静かに告げた。
「ありがとう。……俺は勇者じゃない。でも、一人の人間として、必ずみんなを守る」
言葉は風に乗り、森の暗闇に消えていった。
それでも三人の瞳はしっかりと俺を見ていた。
やがて夜明けが近づき、東の空が白み始める。
鳥の声が森に広がり、冷たい空気の中に新しい一日の匂いが混じる。
「行こう」
リリアが矢筒を背負い直し、セラフィナは剣を腰に収める。ミュリエルは杖を握り、俺の隣に並んだ。
王都を離れ、背後にはもう戻れない道がある。
けれど前には、まだ見ぬ世界と、果たすべき使命がある。
俺は剣の柄を握り直し、朝日に向かって歩き出した。
――こうして、「勇者」としてではなく、一人の人間としての旅が始まった。




