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真の使命

丘陵を越えた先は、暗闇に沈んだ森だった。

 枝葉の間から月明かりが漏れ、冷えた夜気が肌を刺す。走り抜けた汗が背にまとわりつき、呼吸を整えるだけでも肺が焼けるようだ。


 ようやく足を止めたとき、王都の鐘の音は遠く、かすかな反響だけが夜風に流れていた。

 誰も声を出さなかった。出せなかった。王都を敵に回した現実が、胸を押し潰していたからだ。


「……ここで、一息つこう」

 セラフィナが木陰を見つけ、背負っていた水袋を置いた。

 リリアは矢筒を抱えたまま、地面に腰を下ろす。矢羽根はもう残り数本。指先が震えているのを、火の光で見てしまった。

 ミュリエルは杖を握ったまま、泣きそうな顔で俺を見つめていた。


 焚き火を起こすと、ぱちぱちと小さな炎が暗闇を照らした。

 その明かりに照らされる仲間の顔は疲弊していたが、それでも皆、まっすぐに前を見ていた。


「私……怖かったです」

 ミュリエルが口を開いた。

「でも、お姉ちゃんが前に立ってくれたから……最後まで、守ってくれるって信じられたんです」

 涙声だったが、その言葉は真っ直ぐだった。


 リリアが小さく笑う。「そうだね。アレンは昔からそう。無茶ばかりで、勝手に傷だらけになって……でも絶対、私たちを守ろうとする」

 その横顔は揺れる火に赤く染まり、どこか懐かしげだった。


 セラフィナは黙って剣を磨いていた。だがふと顔を上げ、炎越しに俺を射抜くように見た。

「……宰相のやり方は許せない。だが、私は王国の騎士だ。王に刃を向けたままではいられない」

 その言葉に空気が張りつめる。

「けれど」セラフィナは続けた。「お前が勇者だろうと偽者だろうと……私の剣は、お前と仲間を守るためにある」


 火の粉が舞った。

 俺は拳を握り、炎を見つめる。

 勇者じゃない。偽りの証しか持たない。だが、仲間は信じてくれる。

 なら、俺はどう応えるべきか。


「……俺は勇者じゃない」

 炎に映る自分の影に向かって言った。

「でも、魔王に敗れ、この身体になったとき……呪いのように胸に残ったものがある。それを解かない限り、俺は俺を許せない」

 喉が震える。だが言葉は止まらない。

「勇者としてじゃなく、一人の人間として……仲間と一緒に、この呪いを断ち切る。そして――世界を救う。俺はそう決めた」


 沈黙。

 だが次の瞬間、リリアが頷いた。「それでいい。私は、どんなアレンでも信じる」

 セラフィナも小さく息を吐いた。「……愚直だな。けれど、悪くない」

 ミュリエルは涙を拭い、声を震わせながら笑った。「お姉ちゃんがそう言うなら、私も一緒に戦います!」


 火がはぜて火の粉が夜空へ舞い上がる。

 その光を見上げながら、俺は胸の重さが少しだけ軽くなるのを感じていた。


 こうして俺たちは、王都を背に、新たな旅路に踏み出すことを決めた。


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