小さな依頼
スライム退治。
勇者としての再出発には、あまりにも小さな依頼。だが……
(いや、ここから始めるしかない。男に戻るための第一歩だ!)
俺は勢いよく依頼票を掴み取った。
「よし! これを受ける!」
「え、ええ……はい、手続きしますね」
受付嬢は苦笑して書類を用意する。周囲の冒険者たちが「元気な嬢ちゃんだな」と笑っているのが聞こえてきて、俺の拳が震えた。
「……なあリリア、俺、完全に女扱いされてたよな」
「うん」
「そこ、即答すんな!」
悔しさを押し殺しながら街道に向かう。
だが心は燃えていた。
「見てろよ……! 俺は勇者だ! この体でも戦えるって証明してやる!」
「うん、頑張って。……でも胸はちゃんと押さえてね」
「ぐはっ! なんでそんな的確なことを!」
リリアにからかわれながらも、俺は剣を握り直した。
胸の奥に宿るのは羞恥と怒り、そして勇者としての意地。
……こうして、俺たちは最初の依頼に挑むのだった。
「ふふん、見ろリリア! 道の先にスライムどもがうようよしてるぞ!」
街道の真ん中に、ぷるぷる揺れる緑色のスライムの群れ。
十匹以上はいる。だが所詮は雑魚モンスター。勇者にとっては、ただの練習台だ。
「……アレン、顔がやけに自信満々だけど」
「当然だ! 勇者アレン様の剣で、秒殺してやる!」
そう高らかに宣言し、俺は剣を抜いた。
金属音が響く――が、その刹那、思わず手が震える。
(お、おも……!? いや、こんなはずじゃ……!)
かつて軽々と振り回せた剣が、女の体にはやたら重い。
腕の筋力が足りないのか、バランスが悪いのか。
だが俺は勇者だ。ここで引くわけにはいかない!
「うおおおおおおっ!」
渾身の力で剣を振り下ろす。
――ぴちょん。
……あれ?
確かに斬ったはずのスライムは、ぷるぷる揺れて元気そのもの。
弾力に弾かれて、逆に俺の身体がふらついた。
「わっ、うおおっ!? ちょ、胸が――!!」
ドシーン!
地面に転がり、必死に胸を押さえる俺。
揺れる。揺れる。なんだこの不便な装置は!
「ちょっとアレン!? なにやってるの!」
「くそっ……! こ、こんな体で戦えるかぁぁ!」
「いやいや! 体のせいにしないでよ!」
リリアの冷静なツッコミが突き刺さる。
その間にも、スライムがぴょんぴょんと迫ってくる。
俺は慌てて剣を振り回すが、動きが鈍く、斬っても斬っても手応えがない。
「勇者って……こんなに不恰好だったっけ?」
「やかましい! 俺は勇者だ! 体が女だから戦いづらいだけなんだ!」
「……言い訳にしか聞こえない」
ぐぬぬ……!
俺は石像にされる前まで、世界最強の男だったんだぞ!?
その時だった。
「下がれ、市民!」
甲冑の音が鳴り響き、銀の閃光が駆け抜ける。
瞬間、目の前のスライムが真っ二つに裂け、どろりと地面に溶け崩れた。
俺とリリアは呆然と立ち尽くす。
現れたのは――銀髪ショートの少女騎士。
凛とした瞳が、鋭く俺を射抜く。
「……未熟者。そんな腕で剣を握るな」
「なっ……!?」
「勇者を名乗るなら、その実力、証明してみせろ」
一方的にそう告げ、彼女は再びスライムへ切りかかる。
その身のこなしは無駄がなく、美しい。
俺は地面に座り込んだまま、拳を握りしめた。
(くそっ……! 俺は勇者だ……! 俺だって、本当は……!)
こうして――俺と銀髪騎士セラフィナの因縁は始まったのだった。