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決戦の火蓋

 森を抜けた夜の空気は、張り詰めたように冷たかった。

 星明かりの下、村の外れに立つ俺たちの耳に、低く唸る音が届く。まるで地の底から響く雷鳴のような――。


「……来るぞ」

 セラフィナが剣を構える。その瞳が、闇の奥に揺れる赤い光を捉えていた。


 次の瞬間、森の影がざわめき、十数の瞳が一斉に輝く。黒々とした毛並みの狼たちが、地を蹴って飛び出してきた。だが、その先頭に現れたものは――。


「三つ首……!」

 リリアが矢をつがえたまま息を呑む。


 漆黒の巨体、三つの首に炎を纏った獣。咆哮を上げると、その声だけで群れの狼たちが一斉に駆け出した。

 まるで王が軍勢を率いるかのように、ケルベロスは群れを支配していた。


「こんな……ただの魔物じゃない」

 ミュリエルが杖を握り締め、震える声で呟いた。


「全員、配置につけ!」

 俺は叫び、剣を抜く。


 黒い嵐のように迫る群れ。まず最前線に立ったのはセラフィナだった。

「来い、獣ども!」

 彼女は大剣を横薙ぎに振るい、飛びかかる狼を二匹まとめて叩き伏せる。火花が散り、血飛沫が宙を舞った。


 その背後で、ミュリエルが杖を掲げる。

「――サンクティ・バリア!」

 淡い光の膜が村の前に展開し、怯える村人たちを包み込む。結界が火花のように揺れ、狼の爪や牙を弾き返した。

「大丈夫です! 私が守ります!」

 その必死の声に、村人たちの表情が少しだけ和らいだ。


 だが守るだけでは終わらない。

「リリア、援護を!」

「任せて!」


 リリアの放つ矢が、夜空に白い軌跡を描く。矢羽根が正確に狼の足を射抜き、次々と群れの勢いを削いでいった。

 弓弦を引き絞る音が絶え間なく響き、その連射はまるで嵐のようだ。


「アレン!」

 セラフィナが血に濡れた剣を振り払いながら叫ぶ。

「本体はお前がやれ! 私が群れを食い止める!」


「わかった!」

 俺は頷き、燃え盛る炎の壁のように立ちはだかるケルベロスへと駆けた。


 三つの首がそれぞれに牙を剥き、赤く灼けた瞳が俺を射抜く。

「グゥオオオオオ――ッ!」

 咆哮と共に炎が吐き出され、地を焼き尽くす。熱風が肌を焼き、視界が赤に染まる。


「ぐっ……!」

 剣を振りかざして炎を裂き、踏み込む。三つの首が交互に襲いかかる。一本の剣で三方からの牙を受けるのは至難――だが、退けばその背に仲間と村人がいる。


「負けられるかぁっ!」

 喉が裂けるほどの叫びと共に、一歩踏み込む。


 刹那、矢が飛来し、ケルベロスの左の目を掠めた。

「今だよ、アレン!」

 リリアの声が闇を切り裂く。


 その隙を逃さず、俺は剣を振り下ろした。金属音と共に、片首の牙をへし折る。だが残る二つの頭が同時に咬みついてきた。


「くっ……!」

 間一髪で身を捻るも、腕に深い爪痕が走る。焼け付く痛みが広がる。


「アレンさん!」

 ミュリエルの声が響いた。結界の光が瞬き、俺の体に淡い癒しが流れ込む。

「下がらないでください、私が支えます!」

 その必死の祈りが、痛みに沈みそうな意識を引き戻した。


 背後で、セラフィナが群れを薙ぎ払う。

「しぶといな……まだ来るか!」

 彼女の額には汗が滲み、しかし剣閃は止まらない。

 リリアの矢が、狼の喉を貫き次々と倒していく。

 ミュリエルの結界が、村人を決して一歩も通させない。


 仲間が繋ぎ止めている――だから、俺は前を向ける。


「――行くぞ、ケルベロス!」

 再び剣を握り直し、炎の巨犬へと突き進む。


 三つ首の咆哮が夜空を揺るがし、群れの残党が吠え立てる。だがその時、俺の胸に浮かんだのは恐怖ではなく、仲間の声だった。


「アレン!」

「アレンさん!」

「お姉ちゃん勇者、行け!」


 背に受けた叫びを力に変えて、俺は炎の渦に身を投じた。


 剣が閃き、牙と爪がぶつかり合う。

 火と鉄と血が混じり合い、戦場は地獄そのものだった。


 だが俺は知っている。この炎の先に――守るべき人々がいることを。

 この戦いに勝たなければ、希望は絶たれてしまうことを。


「俺は……勇者じゃない! だが――!」

 振り下ろした剣が、ケルベロスの首を深々と裂いた。


 巨獣の悲鳴が夜に響き渡り、群れが一斉に怯えたように後退する。


 その光景を見て、俺は確信した。

 たとえ勇者でなくとも――仲間と共に戦う限り、俺は誰かを救える。

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