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村の恐怖

俺たちが辿り着いたのは、王都から東へ数日の距離にある小さな村だった。

 畑と林に囲まれた素朴な集落で、石を積んだ低い塀の内側には十数軒の家が寄り添うように並んでいる。だが、村の空気は異様に張り詰めていた。子供の姿はなく、扉や窓は固く閉ざされ、通りを歩く者も怯えた顔を隠すように視線を逸らす。


「……なんだか、歓迎されてないね」

 リリアが囁く。


 俺も同感だった。旅の途中で立ち寄る村は、たいてい外からの客に好奇の目を向けてくる。だがここは違う。まるで見知らぬ者に関われば、災厄に巻き込まれるとでも思っているような……そんな怯えだ。


「とりあえず、長に話を聞こう」

 セラフィナが先導する。俺たちは村の中央にある集会所らしき建物へ向かった。


 扉を叩くと、しばしの沈黙の後に年配の男が姿を現した。日に焼けた顔に深い皺が刻まれているが、その目は血走っていて落ち着きがない。


「……旅人か。それとも、ギルドの者か?」

「ギルドに所属している。依頼を受け様子を見にきた。」

 俺がそう告げると、男の顔がわずかに緩んだ。


「入ってくれ。……皆も呼ぶ」


 やがて集会所の中には、十数人の村人が集まった。誰もが疲弊し、声を潜めるようにして座り込んでいる。火の灯る囲炉裏の周りで、長が重い口を開いた。


「三月前からだ。夜になると、森の奥から怪物が現れるようになった」


「怪物?」リリアが眉をひそめる。


「四つ足の獣だ。だが、ただの獣じゃない。炎を吐き、目は血のように赤い。黒い毛並みに三つの頭を持ち、吠える声は雷のごとし……」


「三つ首……」セラフィナが表情を強張らせる。

「地獄犬ケルベロスの名を聞いたことがあるだろう。あれの亜種だな」


 村人たちが一斉に身を震わせる。その名を出すだけで、恐怖が場を支配するのがわかった。


「何度も家畜が食い荒らされ、人も襲われた。抵抗しようとした若い者は……」

 長の声が掠れる。視線の先には、若者を失ったであろう女が肩を抱いて泣いていた。


 ミュリエルが小さく息を呑む。

「ひどい……どうして、そんな魔物がこんな場所に……」


「わからん。ただ一つ言えるのは、このままでは村は滅ぶ」

 長は頭を垂れた。「頼む、勇者殿。どうかあの怪物を――」


「ま、待ってください!」

 慌てて俺は立ち上がった。

「俺は勇者じゃない。ただの冒険者だ」


 けれど村人たちは首を横に振る。

「噂は聞いている。ワーウルフを討ったお方だと。王都から呼ばれるほどの実力者だと」


 あの話が、もうこんな辺境にまで伝わっているのか。背筋が冷たくなる。


「アレン」

 リリアが横で小さく囁く。

「ここで否定しても無駄だよ。みんな、希望が欲しいんだ」


 セラフィナも腕を組んで頷いた。

「敵がケルベロスの亜種だというなら、並の冒険者じゃ対処できまい。やるしかないだろう」


 ミュリエルが必死に言葉を重ねる。

「お願いします! この人たちを見捨てられません!」


 村人たちの怯えた瞳が、一斉にこちらを向く。頼るしかないのだと、その目が訴えていた。


 ――勇者失格の俺に、何ができる?

 それでも、仲間と共に歩むと決めたはずだ。


「……わかった」

 俺は深く息を吐き、頷いた。

「そのケルベロスとやらを討つ。ただし、必ず仲間と相談して動く。村の人たちも、協力できることがあれば力を貸してほしい」


 ざわめきが広がり、やがて感謝の声が重なった。



 その夜。

 俺たちは村の外れに設けられた空き家に泊まることになった。だが誰も安眠できなかった。


「ケルベロスか……亜種とはいえ、かなり厄介だな」

 セラフィナが火を見つめながら呟く。

「炎を吐く個体なら、火計での封じは通じない。魔力も高いはずだ」


「三つの頭があるなら、視界も広い。奇襲は難しいかもしれない」

 リリアも真剣な顔で考え込む。


 ミュリエルは膝を抱えていたが、やがて口を開いた。

「……怖いです。でも、もし私にできることがあれば、何でもします」


 その震える声に、俺は少しだけ笑った。

「お前はもう十分頑張ってる。無茶はするな。ただ、俺たちの後ろで、しっかり見ててくれ」


「はい……!」


 彼女の返事を聞きながら、俺は再び炎を見つめた。

 ケルベロス――地獄の番犬と呼ばれる魔獣。その亜種がなぜこんな辺境に現れたのかはわからない。だが、この恐怖に押し潰されそうな村人たちを救うことが、今の俺たちに課せられた役目なのだ。


 外では冷たい風が吹き抜け、森の奥から低い唸り声が響いた気がした。

 俺は剣に手を伸ばし、心を固めた。


(ここからが本番だ。俺の覚悟を試す時だ――)

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