(番外編)お買い物騒動
王都の大市場は、朝から活気に満ちていた。広場いっぱいに並んだ屋台や露店が、色とりどりの布を張り巡らせている。焼き菓子の甘い匂い、香辛料の刺激的な香り、鍛冶屋の金属を打つ音まで混じり合い、耳も鼻も落ち着かない。
「わぁ……! すごいです、お姉ちゃん! こんなにお店がいっぱい!」
ミュリエルが目を輝かせて両手をぱたぱたさせる。
「お姉ちゃん呼びはやめろって何度言った!」
俺は反射的に返すが、まるで効果はない。むしろ通りすがりの人が「勇者様……?」とひそひそ声を交わしているのが耳に入ってくる。
やばい。目立つ。
「まぁまぁ、いいじゃないアレン。こういうのは楽しまなきゃ損だよ」
リリアがにこにこと手を引っ張ってくる。向かった先は武具店の並ぶ一角だった。
「ちょうど私の剣の手入れ道具が欲しかったんだ。それにアレンの短剣も、柄が削れてきてるでしょ?」
「あー……まぁ、確かに」
腰の鞘に差した短剣をちらりと見る。女の身体になってから握力が落ちたのか、細かい部分の摩耗が早い気がする。
「剣より、私は魔術書を……」
セラフィナが呟くと、ミュリエルがすかさず手を挙げた。
「じゃあ私は! お姉ちゃんとお揃いのローブが欲しいです!」
「はあ!?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
「だって……私、新米でまだちゃんとした装備持ってないですし……。それに、アレンお姉ちゃんとお揃いなら、きっと頑張れる気がします!」
市場にいた何人かが「お姉ちゃん勇者……?」と囁いた。くそ、また広がっていく!
「ま、まぁまぁいいじゃない」
リリアが肩を揺らして笑いをこらえている。
「ちょっとくらいお揃いにしてあげたら? 妹分ができたんだから」
「誰が妹分だ! 俺は――」
言いかけて口をつぐむ。周囲の視線が熱い。ここで本気で否定したら余計に怪しまれる。
「……し、仕方ない。動きやすい服を選ぶだけだぞ」
「やったー!」
ミュリエルは飛び上がって喜んだ。
――その後。
「お姉ちゃん、これどうですか! 赤いラインが入ってて格好いいです!」
「ちょっと派手すぎる!」
「じゃあ、こっちはどうでしょう! 袖にフリルが!」
「森で狩りする気あるのか!?」
「じゃあじゃあ、こっちの薄青のやつ! 一緒に並んだら絶対お似合いです!」
「だから勝手に決めるなって!」
俺の抗議もむなしく、気づけば商人までが「お姉ちゃん勇者にぴったりですよ」とか言い出す始末。なんだこの連携プレー。
リリアは腹を抱えて笑っているし、セラフィナでさえ口元を隠して肩を震わせている。
「お揃い……買っちゃいましょうよ、アレン」
「お前まで乗っかるなセラフィナ!」
結局、機能性を理由にシンプルな濃紺のローブを選んだ。ミュリエルは同じ色合いで一回り小さいものを抱きしめて嬉しそうにしている。
「ふふ……これでお揃いですね!」
「……はぁ」
俺は額を押さえた。
――それだけでは終わらなかった。
市場を歩けば、焼き串屋の親父が「勇者一行に大サービスだ!」と肉を増やして渡してきたり、布地屋のおばちゃんが「女の子らしくリボンでもつけたら?」と余計な提案をしてきたり。
「ほら、アレン。せっかくだからリボンつけてもらったら?」
「リリアぁぁ……!」
笑い転げるリリア、冷ややかに見守るセラフィナ、そして「似合います!」と全力で褒めるミュリエル。
……俺の胃が痛い。
結局その日、俺たちは必要な補給品よりも「お揃いローブ」「色違いの髪飾り」「妙に甘い菓子」を両手いっぱいに抱えて宿へ戻る羽目になった。
「いい思い出になりましたね!」
ミュリエルが満足げに笑う。
俺は天を仰ぎ、深いため息をついた。
(……どこまでいっても“お姉ちゃん勇者”からは逃げられないのかもしれない)
そう思いながら、両腕いっぱいの荷物を抱えて、王都の夕暮れに溶けていった。




