謁見の間
巨大な扉が、軋むような重低音を響かせながら開かれる。目の前に広がったのは、広大な謁見の間。高い天井から垂れる豪奢な紋章旗、左右に並ぶ近衛兵。玉座までの長い赤絨毯は、俺たちに視線を集めるために敷かれているようだった。
両脇の重臣たちがざわめく。
「彼らが……」
「噂の勇者一行か」
低い囁きが、妙に耳に突き刺さった。
やがて玉座の背後から、王冠を戴いた男が姿を現した。白髭をたくわえ、荘厳な衣をまとった人物――現国王バルドル三世その人である。
場が静まり返る。
「面を上げよ」
落ち着いた、しかし威圧を含んだ声が謁見の間を満たす。
俺たちは膝をつき、顔を上げた。王の瞳は鋭く、まるで心の奥を覗かれているような感覚に背筋が粟立つ。
「アレン・クロス。そしてその仲間たちよ」
名前を呼ばれ、思わず息を呑んだ。
「ギルドより報告を受けた。お前たちがワーウルフを討伐したと」
ミュリエルが感極まったように小さく「すごい……」と呟く。
俺は否定しようと口を開きかけたが――リリアが横から肘で制した。
「……っ」
その視線に押され、結局何も言えなかった。
王は続ける。
「見事な働きだ。民は恐怖に怯えていたが、その危機を退けた功績、余も称賛する」
重臣たちが頷き、兵士たちまでが敬意の眼差しを向けてくる。
(違う……俺は勇者失格で、仲間に支えられてばかりなのに……!)
胸が痛む。だが否定の声は飲み込むしかなかった。
「アレンよ。お前には、勇者としての責務を期待する」
――その言葉に、場の空気が一層張り詰めた。
「国境付近で魔物の活動が活発化している。加えて、民は勇者の再来を求めている。象徴として人々の心を支えるのもまた、勇者の務めだ」
重圧が肩にのしかかる。膝が震えそうになるのを必死にこらえた。
「勇者……」
ミュリエルの声は憧れと敬意に満ちていた。
「やっぱりお姉ちゃ――」
「だーっ、やめろ!」
慌てて制止したが、謁見の場はわずかにざわつき、王すら口元をわずかに緩めた。
「……ふむ。呼び名はさておき」
国王は咳払いをひとつ。
「アレン・クロス。余はお前を勇者として認め、国の任を託す。国境調査の任に就け」
玉座からの宣告。
周囲の者すべてが「勇者」として俺を見ている。
(違う……俺はそんな器じゃない……!)
心の叫びは飲み込まれ、代わりに唇から出たのはただ一言。
「……はっ」
声は震えていた。だがもう、覆すことはできない。
謁見を終え、俺たちは玉座を後にした。
背後から注がれる無数の視線は熱く、重く、逃れられない鎖のように感じられた。
(勇者失格の俺を、勇者と呼ぶ声が……これから先、どこまで追い詰めるんだろう)
そう思いながら、俺は仲間と共に広間を後にした。
次に待つのは、国境での新たな任務――。




