新たな仲間、そして――
翌朝。まだ朝霧が薄く漂うなか、俺たちは宿を出て王都への街道を歩いていた。
鳥の声が澄み渡る。だが空気は妙に重く感じる。昨夜のミュリエルの告白が、全員の胸に残っていたからだろう。
「なぁ、アレン」
隣を歩くセラフィナが、不意に口を開いた。
「お前はどうするつもりだ。あの娘を本当に連れていくのか?」
直球すぎる問いに、思わず足を止めた。
リリアも振り返り、不安げにこちらを見ている。
当のミュリエルは一歩後ろを歩きながら、小さく拳を握りしめていた。
「……正直に言えば、迷ってる」
俺は吐き出すように言った。
「昨日みたいに本気で魔物と戦う覚悟があるのか、まだわからない。俺たちの旅は危険だ。遊びじゃない」
ミュリエルが息をのむのが聞こえた。だが俺はあえて振り返らず、言葉を続けた。
「もし足を引っ張るようなら、命に関わる。だから――」
「それでも!」
か細いが、確かな声が背中を打った。
振り返ると、ミュリエルが一歩踏み出して俺を見つめていた。
「それでも私は……一緒に行きたいんです」
瞳が真っ直ぐに揺れている。恐怖もあるはずなのに、それ以上に決意が勝っていた。
「昨日も助けてもらったばかりです。でも、ただ守られるだけじゃ嫌なんです。私も、誰かを守れる人になりたい」
小さな肩が震えているのを、俺は見逃さなかった。
本当は怖いのだ。それでも足を止めずに願い出る強さ――。
「……はぁ」
ため息をつき、俺は頭をかいた。
「言っても聞かないタイプだな、お前は」
「え……」
「わかった。ただし条件がある」
俺は指を立てて言った。
「まず、自分の身は自分で守れ。俺たちはお前の保護者じゃない」
「はい!」
「次に、俺たちの指示には従え。勝手な行動は絶対にするな」
「はい、わかりました!」
「そして……」
一瞬だけ言葉を切り、俺は真剣に彼女を見た。
「命を懸ける覚悟を持て。それができないなら、すぐにでも故郷へ帰れ」
ミュリエルは一拍だけ目を伏せ、やがて強く頷いた。
「覚悟はあります。お願いします、仲間にしてください!」
その必死の声に、リリアが思わず微笑んだ。
「アレン、もう答えは出てるんじゃない?」
セラフィナは肩をすくめる。
「仕方あるまい。ここで突っぱねても、結局ついてくるだろう」
「……そういうことだ」
俺は観念して頷いた。
「ようこそ、ミュリエル。これからは仲間だ」
ミュリエルの顔がぱっと花開くように輝いた。
「ありがとうございますっ! お姉ちゃん!」
「だからその呼び方はやめろって……!」
俺が慌てる横で、リリアは笑いをこらえきれず吹き出す。
「ふふっ、いいじゃない。可愛い妹ができたみたいで」
セラフィナは呆れたように天を仰いだ。
「勇者一行というより、妙な家族ごっこだな」
「誰が家族だ! 俺は――」
言いかけて、ぐっと飲み込んだ。
(俺は勇者だ……だが、この姿でそう名乗れるのか?)
その葛藤を胸に押し込み、俺は前を向いた。
そのとき――。
「おい、見ろよ!」
街道の脇で休んでいた商人たちが、こちらを指さしてざわめき始めた。
「さっきのギルドで見ただろ? あれ、“勇者様の一行”なんじゃないか?」
「おお、本物か!? 噂じゃ女の人が中心らしいぞ!」
ざわつきは瞬く間に広がっていった。通りすがりの旅人までがこちらに目を向け、好奇と興奮の入り混じった声を上げる。
ミュリエルは驚いたように周囲を見回し、そして嬉しそうに俺へと視線を向けた。
「やっぱり……皆さん、有名なんですね!」
「ち、違う! 俺たちは――」
必死に否定しようとするが、声は雑踏にかき消されていく。
リリアは困惑しつつも笑みを浮かべ、セラフィナは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
(やばい……完全に“勇者一行”だと思われてる!)
胸の奥で、焦燥が大きく膨らんでいく。
だがもう、後戻りはできない。
……ざわめきの中、遠くから馬蹄の音が近づいてきた。
王家の紋章を掲げた騎士たちの影が、朝霧の向こうに現れる。
――運命の呼び出しが、俺たちに迫っていた。




