第7話
「あー!疲れた〜」
夏休みも残り1週間となった今日、奏と泰志、咲希の3人は図書館に集まって勉強をしていた。
主に、奏の溜まりに溜まった夏休みの宿題を。
「奏ちゃん、だらしないよ」
奏が机に突っ伏し、だらけている姿を見て、咲希が注意する。
「咲希ちゃ〜ん、答え見せてよ〜」
「ダメ!奏ちゃんのためにならないでしょ!」
「ぶー!泰志君は〜?」
「右に同じ」
泰志は本から目線を外さずに言う。
「2人ともケチー!」
「ケチで結構、ほら!さっさとやる!」
咲希の圧に負けて、奏は不貞腐れながらもペンを持つ。
文句を言う奏に咲希は優しく教えている。
その姿もまた、どこか懐かしいと泰志は感じていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「後は数学だけだ〜」
咲希がトイレで席を外したタイミングで、奏はまただらしなく机に突っ伏す。
「溜め込むからそうなるんだ」
「だって、夏休みの宿題って追い込まれないとできないんだよ〜」
面倒な事は早めに終わらす考えの泰志には、奏の考えが理解できなかった。
しかし、小学生の頃に、楓も似たような事を言っていた事を思い出す。
「せめてご褒美があれば、やる気出るんだけどなー」
「ご褒美、ね」
文句を言う奏を泰志が見ていると、ふと1枚のチラシが視界に入る。
どうやら、夏祭りのチラシのようで、日付は夏休みの最終日となっている。
「……夏休み最終日、祭りに行くか?」
泰志がそう声に出すと、奏は驚きのあまり目を見開く。
「泰志君が誘ってくるなんて珍しいね……」
「……まあ、たまにはな」
少し恥ずかしくなり、泰志は本に目を落とす。
奏はクスリと笑い、ペンを持つ。
「ありがと、やる気出てきたよ」
「それは何より」
奏はスラスラと宿題を進めて、大量にあった宿題は、翌日の夕方には終わっていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夏休み最終日、約束通り奏と泰志、咲希の3人で夏祭りに行くことになった。
一応翔哉にも声をかけると咲希は言っていたが、来ることはないだろうと泰志は思う。
「相変わらず早いね〜」
すごい人混みの中待っていると、そんな声が聞こえた。
泰志が見ると、髪を結い、黄色い浴衣に身を包んだ奏が居た。
「お待たせ〜」
「……いや、別に」
「ん〜?何〜、その反応〜」
奏の姿に見惚れてしまった泰志の顔を見て、ここぞとばかり奏がからかう。
「そ、そういえば、咲希は?」
話を逸らすために、泰志が聞くと、ちょうどスマホに咲希からメッセージが来る。
『ちょっと手間取ってて、先に2人です回ってて』
そんなメッセージと共に、ごめんなさい、と言っているウサギのスタンプが送られてくる。
「だそうだし、先に見て回ろうか」
「そう、だな」
奏はズラリと並ぶ屋台の方へと歩いていく。
そんな奏の無邪気な姿に、泰志はまた楓の影を見ずにはいられなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「それにしても、すごい人だね〜」
歩き始めて数分、あまりの人混みで泰志と奏は動けずにいた。
「ん?」
立ち往生している中、奏がふと山の方を見た時、いくつかの灯りが付いている事に気づく。
(綺麗…)
そう思いながら見ていると、奏の視線の先に気づいた泰志が口を開く。
「あれは、松明の灯りだな」
「松明?」
「ああ、祭りの日は毎年ああやって山の上で松明を焚いて、ライトアップするんだ。もちろん、火事にならないよう徹底してね」
泰志は昔、楓達と山の中に勝手に作った秘密基地からあの松明を見つけた時の事を思い出す。
今もあの秘密基地はあるのだろうかと考える。
楓が居なくなってから、一度も行っていない。
「山を松明でライトアップかー」
「東京にはないだろ?」
「まあ、悔しいけど─わぁ!?」
奏が人とぶつかってしまい、体勢を崩す。
それを泰志が手をとり支える。
「……ありがとう」
奏はお礼を言って離れようとする。
しかし、泰志は奏の手をとったまま動かない。
「泰志君?」
「……この人混みだ。はぐれるとマズイから」
そう言って、泰志は奏の手を握ったまま歩き出す。
「ちょ!?え!?」
さすがの奏も驚き、声を上げる。
「い、いいよ!なんか悪いし!」
「で、でも!こんなところ見られたら……」
「こんな人混みで、一々見てないさ」
奏の言葉は、主に咲希のことを指している。
けれど、咲希の気持ちを知らない泰志は分かっていない。
「さ、さすがに恥ずかしいんだけど……」
「我慢しろ」
奏が何を言っても、泰志は手を離そうとしない。
握る力も、奏は少し強い気がした。
(何をやっているんだろう。僕は)
泰志自身も、今自分が何故こんな大胆な事をしているのか分かっていない。
気づいたら、身体が動いていた。
奏の手を取り、歩き出していた。
今度こそ、離さないように。
そんな気持ちが芽生えている。
(……僕は、もしかして、彼女を─)
「……何、してるの?」
微かな声
けれど、2人にははっきりと聞こえた。
人混みをかき分け、少し広がった空間に出たところで、その声は聞こえた。
「さ、咲希ちゃん!?」
最初に声を上げたのは奏だ。
咄嗟に泰志の手を離す。
「ち、違うからね!これは!」
奏は焦って、必死に咲希に弁明している。
けれど、咲希にその声は届かない。
「そ、その……人混みがすごいからで!特別な意味は─」
「……らないで」
「え?」
「取らないで!」
そう叫ぶ咲希の顔は、涙で溢れかえっていた。