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第6話

 「ねぇねぇ、あれ乗らない?」



プールの中で、持ってきていたボールで遊び終え、少し休憩していると、奏がウォータースライダーを指さして言う。

このプールのウォータースライダーは、勢いのあまり最後は空を飛ぶと言われている程有名なもので、スライダーと言うよりもジェットコースターに近い感覚だそうだ。

そんなウォータースライダーを見て、咲希の顔が真っ青になる。



 「咲希ちゃん?どうかした?」



奏の声が聞こえていないのか、その問いかけにも反応を見せない。

仕方なく泰志が答える。



 「咲希は絶叫系がダメなんだ」


 「え!?そうなの!?」


 「昔、ジェットコースターで吐いちゃった事があったんだよ」



それは、4人で初めて行った遊園地。

有名なジェットコースターに子供だけで乗った結果、咲希は気持ち悪さで吐いてしまった。

それ以来、咲希は絶叫系がトラウマなのだ。

その時、楓がどうにか咲希を元気づけようと必死だったのを泰志は今でも、鮮明に覚えている。



 「そっか、乗りたかったんだけどな……」



奏が悲しい表情を浮かべながら言う。

ちょっと可哀想だと泰志が思っていると、一転して奏は閃いたと言わんばかりの表情を浮かべる。



 「なら、泰志君が一緒に乗ってよ!」


 「はぁ!?なんで僕が!」


 「いいじゃん!別に絶叫系行けるんでしょ?」


 「苦手ではないが、好きでもないぞ」


 「それでもいいじゃん!せっかくだし行こ!」



奏にそう言われ、泰志は断りきれない。

仕方なく奏の我儘に付き合ってる事にした。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



お昼時ということもあり、待ち時間は短く、スムーズに順番が回ってきた。

2人用の大きな浮き輪がスタート位置にセットされる。



 「どっちが前に行く?」


 「そんなに大事か?それ」



奏があまりに真剣な表情で言うものだから、泰志はつい突っ込んでしまう。



 「大事な事だよ、何せ、浮き輪が意外と狭いからね」



そう言われ浮き輪に目をやると、確かに少し小さめで、2人で乗ると色々とまずそうではある。



 「……ここは、僕が後ろになるよ」


 「な!?泰志君、私の頭に君のソレを押し付ける気!?」


 「そんなわけないだろ!」



奏が変なことを口走るものだから、泰志は顔を真っ赤にして怒鳴る。



 「普通に僕の方が背が高いから、君の頭が当たらないと考えたんだ!」


 「あ、ああーそういうこと」



納得した奏は、浮き輪の前に座る。

後ろ側に僕が座ると、予想通り、奏の頭は泰志のソレに届いていない。

とりあえず一安心する。



 「それでは、いきますよー」



係員の掛け声とともに、浮き輪は押されて、滑り始める。



 「うおー!」

 「キャー!」



想像以上の勢いに、泰志は恐怖の叫びを、奏は楽しさから来る黄色い悲鳴を上げている。

途中にある急な坂のような場所では、浮き輪に付いている手すりを持っていないと振り落とされそうな程である。

スピードもかなり出ていて、その勢いが死ぬことなくゴールまで滑りきる。

ゴールした瞬間、浮き輪が宙を舞うように飛び、そのままプールの中へと2人はダイブした。



 「ぷはぁ!あっはは!すっごいスピード!本当に空飛んじゃったよ!」


 

奏は水面に上がると同時に、あまりの勢いと楽しさに大きな声で笑う。

その反対に、泰志は黙り込んでいる。



 「泰志君?」



気になった奏が話しかけると、



 「……ぷっ、くく」



微かに笑い声が聞こえた。

次の瞬間、



 「あっはは!」



泰志が勢いよく笑った。



 「なんだよ今の!思っいきり宙に浮いてたじゃん!」


 「ほんっとにね!勢いありすぎたよね!」


 「そうだな!あっはは!」


 「あっははは!」



スライダーのゴール地点で、2人は楽しそうに、声を上げて笑っていた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



スライダーのゴール地点で楽しそうに2人が笑っている姿を、咲希は座って、遠目に眺めていた。



 「行かなくて良かったのか」



すると、翔哉が寝転びながら話しかけてきた。



 「絶叫系は苦手だし。泰志が楽しそうなら、それでいいの」



咲希が言うように、泰志は昔のように笑っていた。

ここ数年で、翔哉も見た事がないほど楽しそうに。

しかし、その泰志の笑顔を見て、翔哉は苛立ちを覚えた。



 「お前、本当にあれでいいと思ってんのか?」


 「……どういう意味?」


 「あれで本当に、泰志が前に進めてると思ってんのかって聞いてんだ」



泰志が昔のように笑っている。

楓によく似た少女と共に。

果たしてそれは、前に進んでいると言えるのかと翔哉は引っかかる。



 「……いいじゃん。泰志が笑ってるんだから。幸せそうにしてるんだから。あんな顔、私じゃ引き出せないよ」



そんな咲希の言葉に、翔哉の怒りは限界を迎えた。



 「お前も泰志も、いつまでウジウジしてんだ」



翔哉の強くなった語気に、咲希はピクリと反応する。

お構い無しに翔哉は続ける。



 「さっきもそうだ。お前、()()4()()()、そう言ったな?」


 「言ったけど、それが?」


 「……森川は、楓じゃねえぞ」



翔哉は、ずっと思っていた事をはっきりと口にした。



 「お前ら、森川に楓を重ねてるだろ?はっきり言うぞ。楓はもういねえんだよ。だから、また4人、はありえねえんだ」


 「……どうして?奏ちゃんなら、泰志を元気にしてくれる。きっと、楓ちゃんみたいに」


 「なんだそりゃ。それはお前の役目なんじゃねえのか?」


 「そんな事─」


 「あるだろ?」



咲希の言葉を遮り、翔哉は続ける。



 「だから、そのキャラなんだろ?」


 「でも、翔ちゃん、私は─」


 「その呼び方、楓の真似か?」



その言葉は、咲希の心を深く抉った。

楓の真似

咲希が一番、言われたくなかった言葉。



 「どいつもこいつも、死んだ人間を想い続けるってのは、死んだ奴にも失礼だ。そいつが大切なら、尚更な」



翔哉はそれだけ言い残し、飲み物を買うためにその場を去る。

一人残った咲希は、今も楽しそうに話している奏と泰志を見る。

泰志の表情は、この数年、一度も見た事無いほど明るい。



 (……だって、しょうがないじゃん。私じゃ、私の前じゃ、泰ちゃんはあんな風に笑ってくれないもん)



熱を孕んだ風が、咲希の髪を靡かせる。



 (私じゃ、ダメなんだもん……)



翔哉の言葉と、泰志の笑顔

そして、奏の存在が、咲希の心を少しずつ蝕んでいた。

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