第4話
奏が転校してきて1週間が過ぎた。
生徒達からの質問攻めも無くなり、奏の日常も落ち着き始めた今日、
(……迷った)
昼休み、奏は学校内をさまよっていた。
泰志や奏が通う学校は歴史があり、敷地面積もやけに広い。
そのため、学校案内は入学当初に徹底しているのだが、転校生の奏にはそれが無く、すっかり迷子になってしまった。
(自分が通う学校で迷子とか、恥ずかしすぎる……)
「森川 奏」
少し憂鬱な気分になっていると、後ろから話しかけられる。
振り向くと、校則違反よ金髪にピアスをした少年が立っていた。
「……何か用ですか?」
奏は少し身構え、強い語気で聞く。
その様子に少年は一度笑い、名乗る。
「俺は土谷って言うんだ。ちょっとツラ貸せ」
「……悪いけど、急いでるから」
「まあそう言うなよ。ちょっと話があるだけだからさ」
そう言って、翔哉は奏についてこいと歩き出す。
無視する事も出来た奏だが、迷っている事や、話が気になるという事からついて行く事を決める。
翔哉が立ち止まり、目的地に着いた事が分かる。
場所は、今は使われていない旧体育館の裏手で、雑草だらけで普段誰も立ち寄らない場所である。
「何?まさか告白?悪いんだけど、あなたみたいな不良には靡かないんだよね〜」
怖い気持ちを押し殺し、奏はからかうように言う。
強気にでた奏だったが、翔哉は鼻で笑う。
「安心しろよ。俺もお前みたいな奴興味ねえから」
「じゃあ何?こう見えて私、忙しいんだけど」
「そうだな、俺も無駄話は好きじゃねえ」
そう言って翔哉は、奏に近づいて行く。
奏も後ろに後退して行くが、やがて壁にぶつかり、翔哉は逃げられないように壁に手をつく。
「これって壁ドン?興味ないとか言っといて?」
「声が震えてんぞ?ビビってんのか?」
奏の恐怖心を翔哉は見抜く。
実際、既に声を上げようとしている奏だが、震えて声が出なくなっている。
翔哉は奏の顎を持つ。
「……お前、黒瀬の周りをうろちょろすんのやめてくれるか?」
「……へ?」
予想外の言葉に、奏は固まる。
翔哉は顎と壁から手を離し、奏を睨みつける。
「分からねえか?その顔で、その声で、黒瀬と海星に近づくなって言ってんだよ」
「な、なんでそんな事言われなきゃなんないの!ムカつくんですけど!」
翔哉の一方的な言い分に、奏も怒りを露わにする。
さっきまで震えていたのが嘘のように。
「アイツらと関わっても、ろくな事ねえぞ?」
その言葉に、奏の怒りは最大まで膨れ上がる。
「はぁ!?あの2人は、私がこっちに来てからの初めての友達なの!私は何言われても笑って流すつもりだったけど、2人の事悪く言うなら、マジで許さないから!」
「……そういうところも似てんのかよ」
ボソッと呟いた翔哉の言葉は、奏には届いていない。
「ていうか、あなたこそ2人と関係ないじゃん!関わってこないでよね!」
「関係ない、だと?」
奏のその言葉に、翔哉の眉がぴくりと動く。
「そうよ!あんたみたいな不良と、あの2人が関わるわけないでしょ!」
「……いい加減にしろよ、このアマ。てめぇがいくら楓に似てるからって─」
「翔ちゃん?」
翔哉が声を上げたその時、女の子の声が聞こえた。
翔哉と奏は動きを止めて、声の方を見る。
そこにな咲希が立っていて、驚きの表情を浮かべている。
「2人で、こんなところで何してるの?」
「咲希ちゃん!?こ、これはその……」
「何でもねえよ」
奏が誤魔化そうとすると、翔哉が先に答える。
先程までの怖い雰囲気はなく、翔哉は気まずそうな顔をしている。
「本当に?」
「ああ」
そう一言だけ言って、翔哉は咲希の横を通り過ぎて行った。
「どいつもこいつも、ムカつくぜ」
すれ違いざまに、それだけを言い残して。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
翔哉が去った後、咲希と奏は旧体育館裏から教室に戻っていた。
その道中、咲希が奏に頭を下げる。
「ごめん、奏ちゃん!翔ちゃんが迷惑かけて」
「なんで咲希ちゃんが謝るの!?悪いのはアイツでしょ!」
「そうなんだけど、翔ちゃんは謝るの苦手だし……あんな感じだけど、悪い人じゃないから!」
咲希は翔哉の事を必死に説明している。
それを見て、奏は疑問を口にする。
「呼び方といい、弁明といい、アイツとも付き合い長いの?」
「そうだね。私と泰志と翔ちゃんの3人は、幼馴染なの。昔はいつも一緒に居たんだけど……」
「幼馴染かー、アイツだけグレちゃって、疎遠になった感じ?」
「少し違うかな。原因っていうなら、楓の……」
そこで咲希の言葉は止まり、咲希は首を横に振る。
「と、とにかく、翔ちゃんのこと、あんまり悪く言ってあげないでね」
「まあ、咲希ちゃんがそう言うなら」
「ありがとう!じゃあ、教室戻ろっか」
咲希はそう言って、奏の前を歩いていく。
(……楓って、誰だろ?)
奏の中に、そんな疑問が浮かんでいた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(翔くん、なんで奏ちゃんとあんな所に……)
奏の中の疑問の事など知らない咲希は、翔哉の行動が気になっていた。
(仲良くなりたかった?いや、そんなはずないか。でも、これはチャンスだ)
咲希がずっと待ち望んでいた好機が、今訪れている。
(私が、取り戻すんだ。あの頃を)