第3話
「ん?あれって、転校生と黒瀬じゃね?」
放課後に遊んだ帰り道、咲希の前を歩く友達の一人が、駅の方向へと走って行く2人を見つけ、指さしながら言う。
「ほんとだ。何?転校生と黒瀬って仲良いの?」
「さあ。ていうか、転校してきたの昨日じゃん」
「咲希には関わるなとか言っておいて、転校生とは手まで繋いでんじゃん。まじキモ」
「咲希?どうかした?」
友達に話しかけられ、咲希はハッとする。
「な、何でもない!2人とも、クラスメイトをそんな風に言っちゃダメだよ」
「でもさー、咲希には冷たいのに、転校生には優しいとか、腹立つじゃん。咲希もそうでしょ?」
「……そんな事ないよ!森川さんはこっちに来たばかりだし、仲良くなるのは、いい事だよ!」
咲希は笑顔で言う。
楓ならきっと、こう言うだろうと思いながら。
ズキズキと痛む心を隠しながら。
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「泰志くーん、お昼食べよー!」
昼休みになると、奏は弁当を持って泰志の名前を大声で呼ぶ。
それに対し、泰志はあからさまに嫌な顔をする。
「わお!相変わらずの仏頂面だね〜」
「あんまり大きな声出さないでくれ、目立つだろ。それに、君と一緒になんて食べないよ」
「まあまあ、そう堅いこと言わずにさ」
奏は、泰志の意見に耳を傾けず、自分の弁当を泰志の机で広げていく。
周りから、ヒソヒソと声が聞こえてくる。
「……僕なんかと一緒に居ると、変な奴だと思われるぞ」
「別に気にしないよ。てか、私も元々変な奴だし」
敢えて周りに聞こえるように言う。
そういう所も、楓に似ていて、泰志の心がどこか温かくなる。
すると、もう一つの弁当箱が泰志の机に置かれる。
「あの、私も一緒にいいかな?」
咲希は笑顔で奏に聞く。
奏は目を光らせて、咲希の手を握る。
「もちろんだよ!咲希ちゃん!」
「ありがとう、泰志もいいよね?」
「いや、僕は─」
「良いに決まってるじゃん!ほら、座って座って!」
隣の席の椅子を持ってきて、咲希がそこに座る。
泰志、奏、咲希の3人が、泰志の机で弁当を食べている。
クラス1の美少女と、美人転校生、そんな2人と弁当を食べている状況で、視線が集まらないはずがない。
普段は気にしない泰志だが、さすがに全方位から見られると気が散る。
「……ちょっと、トイレに行ってくる」
そう言って、泰志は教室を一度出て行った。
残された2人は、理由はないが箸が止まる。
「そうだ!奏ちゃん、自販機に飲み物買いに行かない?自販機の場所教えるついでに」
「お!いいねいいね!行こいこ!」
咲希と奏も、自動販売機へと向かうため、教室を出て行った。
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「この学校って綺麗だよね〜、古風な感じを残しながらも、設備は最新だし〜」
「そうだね。理事長の意向らしいよ」
自販機に向かう道中、2人は世間話で盛り上がる。
お互い、物怖じせず、誰とでも仲良くなれる性格故に、既に打ち解けていた。
「……奏ちゃんはさ、泰志の事、好きなの?」
「へ?」
突然の質問に、奏は首を傾げる。
「な、なんて言うか、まだこっちに来て2日なのに、随分仲良いな〜って……」
「あー……まあ、ちょっとしたきっかけでね」
「そ、そうなんだ……」
泰志が暴力を振るわれていた事は当然避けて言う奏だが、咲希はどこか落ち込んだ表情を見せる。
その表情を見て、奏は気付く。
「咲希ちゃんの方こそ、泰志君の事好きなんだ!」
「へ!?」
「安心して!私と泰志君は、決してそんな関係じゃないから!」
「ちょ、ちょっと待って!な、なんで私が泰志の事好きって……」
「いや、顔がそう言ってた」
「……そんなに、分かりやすい?」
咲希からの問いに、奏はうんうんと頷く。
咲希の顔が一気に紅潮する。
「もしかして、クラスの皆も気づいてるのかな!?」
「気づいてるだろうね〜、そっか〜、咲希ちゃんは泰志君が好きなのか〜」
ニヤニヤと笑みを浮かべている奏に見られ、咲希はより恥ずかしくなる。
「もう!からかわないで!」
「キャー、咲希ちゃん可愛い〜、そんなんだと、泰志君本人にもバレてるかもよ〜」
「それは……ないよ……」
奏の言葉に、想像以上に悲しい表情をしながら、咲希は言い切る。
その様子に、茶化していた奏も姿勢を正す。
「なんで、言い切れるの?」
「……泰志はね、私を、というより、人のことを見てないの。多分、クラスの人の名前も覚えていないんじゃないかな」
「あれ?でも、私の事は覚えてたよ?」
「……だから、羨ましい」
咲希は誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「今なんて?」
「ううん!なんでもない!」
「そう?でも、辛くない?そんな恋愛」
「辛くないよ。私は、泰志を想うだけで幸せだから。それ以上は、望んじゃだめだから……」
咲希の言葉を聞いて、奏はプルプルと震えている。
その様子に、咲希は首を傾げる。
「奏ちゃん?」
「ん〜〜〜〜!健気!」
「え!?」
奏は咲希の手をギュッと握りながら言う。
「健気すぎるよ咲希ちゃん!こんなに健気で可愛い子に想われて、泰志君は幸せ者だよ!」
「は、はぁ?……」
「任せて咲希ちゃん!私が必ず、その恋を実らせてあげるから!」
「え、え〜!?」
「行動あるのみ!早速実践していこう!」
「ちょ、ちょっと奏ちゃん!」
奏の勢いに、咲希は完全に置いてけぼりだった。
この時の咲希は、昔の内気な頃の咲希に、戻っている様子だった。
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「お!見ろよ、海星さんだ」
「生海星さんやっぱすげーな、あのデカ乳は神だろ」
盛り上がる奏と咲希の様子を、遠くから不良グループが、下世話な会話をしながら見ていた。
グループの真ん中に居る男が、咲希の隣に立つ奏を一点に見つめる。
「翔哉?どうかしたの?」
「……あの女、誰だ?」
「あー、あの子は転校生だよ、一昨日転校してきた。あの子も可愛いな」
「何だ?翔哉のタイプか?」
不良の一人がそう言うと、紅一点の女生徒に睨まれる。
その不良は「やべっ」と言いながら、もう一人の背中に隠れる。
「タイプってわけじゃねえが、確かに中々の上物だな」
「な!?翔哉!?」
「マジか!あの海星さんにも興味を示さなかった翔哉が!?」
「あいつ、名前は?」
「名前は確か、森川 奏ちゃん、だったかな?」
「森川 奏ね……」
不良グループのリーダー、土谷 翔哉が、嫌な笑みを浮かべながら、奏の名前を呟いた。