第2話
朝、奏が登校すると、色んなクラスの生徒が、奏の姿を見ようと、教室の前に集まっていた。
奏も、自己紹介をしたり、質問に答えたりと大忙しである。
「はーい、ストップ!」
しばらくすると、咲希が奏の前に立って大声で言う。
「そんなに一辺に話しかけたら、森川さん困るでしょ!解散解散!」
鶴の一声ならぬ、咲希の一声で生徒達は散り散りになっていく。
一息ついたところで、奏が咲希の手をガッと握る。
「ありがとう海星さん!正直、ちょっと困ってたんだー」
「全然いいよ、こういうのも私の役目だし」
「謙虚だね〜、あ私のことは奏でいいよ、咲希ちゃん」
「そ、そっか、分かったよ、奏ちゃん」
奏の勢いに、さすがの咲希も押されていた。
ただ、勢いだけに押されているだけではないだろうが。
そこに、いつものように泰志が登校してくる。
咲希はいつものように挨拶をしようとしたその時、
「あ!泰─」
「おはよう!泰志君♪」
(え、)
奏が、咲希よりも早く泰志に挨拶をした。
「……ああ、おはよう」
いつも、自分を冷たくあしらう泰志が、元気とは言わずとも、普通の挨拶をした。
楓とよく似た彼女に。
咲希の中に、嫌な感情が芽生える。
過去の記憶、自分の罪と一緒に。
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「それじゃあ、行こっか泰志君」
放課後になり、帰ろうとしていた泰志に、奏は話しかける。
「……どこに?」
「昨日言ったでしょ、君を案内係にするって。私、この街に来て日が浅いからさ、色々と教えて欲しいんだよね」
本気だったのかと思いながら、泰志は帰り支度をして奏の横を通り過ぎ、教室を出る。
その後ろを、奏は付いてくる。
「ついてくるな」
「 別に〜、帰る方向が同じだけです〜」
そう言って、奏はシラを切る。
その言い方も、楓によく似ている。
それでも、泰志は無視を続けて、靴を履き替えた時、
「ねえ、本当にダメかな?」
少し眉を下げて、奏は言った。
その表情に、声に、泰志は楓を重ねずにはいられない。
「……少しだけだぞ」
その頼みを、泰志が断る事はできなかった。
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「うおー!でっかー!」
奏が、目の前にそびえ立つ大きな建物を見て叫ぶ。
「でっかって、もっとでかいタワーがあっただろ。ここはただのショッピングモールだぞ」
「いや、なんか言いたくなるんだよねー」
奏はニカっと元気な笑顔を見せる。
その笑顔を直視できず、泰志は目を逸らす。
「ていうか、私はこういうどこにでもあるモールじゃなくて、この街ならではの場所を知りたかったんだけど」
「案内させておいて随分な言い草だな。僕がそんなとこ知ってるわけないだろ」
「そうなの?長く住んでると、そういう穴場スポット的なの知ってると思ってた」
「……そんな場所ないよ」
変な間を置いて、泰志は言う。
その間を、奏は見逃さない。
「あるんでしょ?」
泰志の頭の中には、1箇所だけ思い当たる場所がある。
「……いやでも、あそこは」
「連れてってよ」
奏のその頼みを、泰志は断れなかった。
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「ここって……」
泰志が案内したのは、普通の人から見れば何の変哲もない公園だった。
「何の面白みもない、ただの公園だよ」
「何でここを?」
「……昔、よく来た公園なんだ」
泰志の目に、遊具で遊ぶかつての自分達が浮かぶ。
いつも楽しそうにブランコを漕いでいた楓の姿も。
「思い出の場所ってやつだね」
「そういう事。何も面白くないだろ?」
「そんな事ないよ」
そう言いながら、奏は前に出る。
一つ一つ遊具を見て、泰志に笑顔を向ける。
「思い出は、人の宝物なんだから!」
その笑顔が、また楓と重なる。
きっと、楓が生きていれば、同じことを言っただろうと、泰志は考えていた。
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駅まで奏を送ることになった泰志は、買い物をすると言ってコンビニに入った奏を一人待っていた。
「おい!どこ見て歩いてんだクソガキ!」
「す、すみません!」
すると、男の叫び声が聞こえてきた。
声の方を見ると、ガタイのいい男が、中学生くらいの男子に絡んでいた。
男は歩きながらスマホを見ていたらしく、前方不注意でぶつかったのだろう。
「本当に、すみませんでした!」
中学生は必死に謝っているが、男は聞く耳を持たない。
こういった人間とは関わらない方がいいと泰志は見て見ぬフリをする。
「生意気な奴には、教育が必要だよな」
男は腕を大きく上にあげ、振り下ろそうとしている。
気の毒だが、泰志は助ける義理はないと考えた。
「ひっ!」
「オラッ!」
次の瞬間、泰志の頭に激痛が走った。
泰志は、中学生を庇い、男に殴られたのだ。
「あん!?なんだてめぇ?」
「だ、大丈夫ですか!?」
殴られた泰志に、中学生が駆け寄ろうとする。
それを泰志が止める。
「……早く行って」
「で、でも─」
「いいから!邪魔だから…」
強めに言うと、中学生は震えながらも走り去って行く。
その背中を見た後、今度は男の方を見る。
「なんだ?お前が代わりに殴られるのか?」
「まあ、そういう事です」
泰志は後悔していた。
なぜ、何の関係もない中学生を庇ったのか。
放っておいても、誰にも責められなかった。
誰だって、自分が殴られるのは怖い。
助ける義理なんてないと、考えていた。
けれど、
(……あんな笑顔、見せられちゃあなぁ)
奏の笑顔を見て、楓がどこかで見ているんじゃないかと思った。
そう考えた時、泰志の体は動いていた。
男はニヤリと笑って、既に腕を上げている。
(まあ、殴られてるのには慣れてるし)
泰志が覚悟を決めたその時、
「せいやっ!」
「ぐおっ!?」
突然、男が苦しそうな表情を浮かべながら悶え始めた。
男は股を手で抑えながら、ピクピクと痙攣している。
奏は、まるで達人のような蹴りを、男の股下にくらわせた。
「あんた、何して─」
「早く!駅まで走るよ!」
「お、お前ら、ま、待ちやが、れ……」
泰志は奏に手を引かれ、その場から走って逃げる。
「くっ!あっははは!」
走りながら、奏は声を上げて笑い出す。
「何笑ってんだ!あんな危ない事して!」
「だって、あの人の顔見た?すんごい顔してて……ぷっくく!あっははは!」
「だからって……ぷっくく!あっははは!」
泰志も奏に釣られるように笑った。
(何年ぶりだろう、こんなに笑ったのは)
奏との出会いが、泰志の心を、照らし始めていた。