最終話
山を進んで行くと、ボロくなった小さな小屋を見つけた。
小屋と言うにはあまりに稚拙で、何も無い。
かつて4人で作った秘密基地の成れの果てだ。
(こんなに小さかったかな……)
あの頃は家のように広いと興奮していた秘密基地も、今となっては読んで字のごとく小屋である。
泰志は懐かしさにクスリと笑い、その先へと進む。
楓が教えてくれた場所、彼女が最後に指さした方向、普通なら何を言っているのか分からないはずなのに、泰志はなんとなく分かった。
それはある種、奇跡と呼べるのかもしれない。
「……こんなのがあったのか」
泰志は見つける。
木や他の雑草に隠れていた深めの茂みを。
そしてその奥に、道が続いていることにも気づく。
草を掻き分け道を進むと、光が見えてきた。
泰志は早歩きで進む。
茂みを抜けると、そこには─
(……綺麗だ)
茂みを抜けたそこには、湖のような池があり、その真ん中に使われなくなった小屋が立っていた。
幻想的な場所で、昔映画で見た魔女の家のような雰囲気だ。
映画に出てきたましの家とは異なり、池の水は透き通っていて、家が池に反射している程だ。
その池の前に、咲希は座っていた。
背中を丸めて、どこか寂しそうに座っていた。
その姿は、泰志のよく知る咲希と重なった。
「やっぱり私は、楓ちゃんにはなれないよ」
そんな声が聞こえた。
咲希は泣いているのか、声が掠れている。
「なる必要ないんじゃないか?」
気づけば話しかけていた。
そう言わずにはいられなかった。
「……泰ちゃん?」
泰志を見た咲希は心底驚いた顔を見せる。
泰志は池を見るフリをしながら咲希の横に立つ。
(僕は、咲希にこんな顔をさせてしまっていたんだ)
咲希の悲しそうな、寂しそうな顔を見て、泰志は今までの自分をぶん殴ってやりたくなる。
(でも、もう大丈夫)
「!?泰ちゃん!?」
泰志は何も言わず、そっと咲希を抱きしめた。
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突然の泰志の行動に咲希は顔を真っ赤にしながら、泰志から離れようとする。
けれど、泰志の力は弱まることはなく、咲希を抱きしめ続ける。
「……咲希」
泰志の問いかけに、咲希は抵抗をやめて耳を傾ける事を選ぶ。
咲希が抵抗しないことを確信した泰志は、そっと咲希から離れて、咲希の手を握る。
「今まで、ごめん。ずっと無下にしてきて。後ろばかり見て、咲希の事を見てなくて、ごめん」
その泰志の心からの言葉に、少しずつ咲希の本音が隠れている錠が綻ぶ。
「ありがとう。ずっと隣に居てくれて、ずっと僕の手を離さないでいてくれて」
泰志の感謝の言葉が、咲希の心の錠を完全に破壊した。
「……私、悲しかったの。辛かったの。楓ちゃんが居なくなっちゃったこと。それで泰ちゃんが笑わなくなっちゃったこと。翔君が離れて行っちゃったこと」
咲希の口から溢れてくる、咲希の本音。
ずっと押さえ込んできた気持ちの数々。
「だから、楓ちゃんみたいになろうって思ったの。私が楓ちゃんの代わりになれば、泰ちゃんも笑ってくれる。翔君もまた一緒に居てくれて、3人で一緒に居れるって、思ってたの」
咲希の目から次々と涙がこぼれ落ちる。
泰志は咲希の言葉を黙って聞いている。
「いっぱい練習したの。笑いかける仕草とか、人と話す時の喋り方とか。でも、泰ちゃんは笑わないし、翔君もどんどん離れて行って、ずっと心が限界だったの。そんな時に、奏ちゃんと出会って、泰ちゃんの笑顔をすぐに引き出して、翔君も偶然関わるようになって、それが偶然じゃないんじゃないかって思うようになって、そんな奏ちゃんに嫉妬して、あんな風にあたって、そんな自分も嫌で……」
咲希は全てを吐き出した。
溜め込んできたもの全てを。
泰志は最後まで聞いた後、口を開く。
「……僕も、最低な人間だよ。森川さんの事をちゃんと見てなかった。勝手に重ねてたんだ。楓と。楓が生きていたらって、そんなありもしない妄想で現実から、未来から目を背けていた。でも─」
泰志は咲希の目をしっかりと見る。
「でも、ようやく気づいた。ずっと隣に居てくれた咲希に。こんなダメで、最低な僕の手をずっと離さず、一緒に居てくれた。そんな君に」
泰志は咲希の手をギュッと握る。
咲希が握ってくれたように、今度は泰志が離さないと言わんばかりに。
「僕が幸せになることはダメだと思っていた。楓の事を守れなかった癖に、幸せになるなんて、笑顔になるなんて許されないって。笑ってない僕らを見て、楓がどう思うかなんて、考えていなかった。咲希の事まで巻き込んで、過去に縋っていた」
咲希の手を握る力が少し強くなる。
咲希もまた、泰志の手をギュッと握っていた。
「何度でも言うよ。ずっと隣に居てくれてありがとう」
「泰ちゃん……」
自分だけが悲しい訳じゃないと泰志は知った。
咲希も、翔哉も、楓真も、楓を失って悲しかった、寂しかった。
そんな当たり前の事を、気づいているフリして泰志は見ていなかった。
「これからは、ちゃんと前を見るよ。未来を見据えるよ。でも僕は、一人だとダメみたいだ。すぐに後ろを向いて、過去に縋りそうになる。だから─」
泰志の言葉が一瞬詰まる。
けれど、泰志の覚悟は決まっていた。
「これからも、ずっと隣に居て欲しい!君と一緒に手を繋いで、前に進みたい!」
「……本当に、私でいいの?」
「咲希がいいんだ」
「……私、良い子じゃないよ?執着もするし、嫉妬もするよ?それでも?」
「そんな咲希が居たから、僕は今ここに居る。君がずっと離さないで居てくれたから、僕は今、前に進めてる」
泰志の気持ちは変わらない。
それを知った咲希は、その場で子供のように泣いた。
その間、泰志はずっと、咲希の手を握っていた。
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「地面気をつけろよ。そこでかい木とかあるから」
「うん、ありがとう」
一頻り泣いた後、泰志と咲希は山を抜ける。
昔のように手を繋いで。
けれど、昔とは違って、2人の顔は少し恥ずかしそうに赤くなっている。
「咲希ちゃん!」
山から出た瞬間、咲希の名前を叫ぶ女の子の声がした。
暗闇から明るい所に出たばかりで、視界がぼやけて誰か分からない。
誰か分からないまま、その少女は咲希に抱きついた。
「か、奏ちゃん!?」
「ゔ〜!、咲希ぢゃ〜ん!」
奏はぐしゃぐしゃな顔で泣きながら咲希をギューっと抱きしめる。
「なんでここに森川さんが?」
「急に電話が来たんだよ。私を迎えに来いってな」
状況を説明するように翔哉が言う。
「だって!夢で女の子に言われたんだもん!3人をよろしくねって!そしたら、いてもたってもいられなくって!」
奏の言葉に、泰志と翔哉は目を合わせて小さく笑う。
「お節介な小学生も居たもんだな」
「だな」
「?何の話?」
「奏ちゃん!」
3人が話していると、咲希が奏の名前を叫ぶ。
少し驚きながら、奏が咲希の方に向き直る。
「夏祭りの時、あんな態度とってごめんなさい!奏ちゃんにあたって、酷い事言った」
咲希は深々と頭を下げる。
その行動に、奏が慌てる。
「ちょ!?顔上げて咲希ちゃん!私の方こそごめん!咲希ちゃんの気持ち知ってたのに、そりゃー、あんなの嫌だよね!本当にごめん!」
「そんな!奏ちゃんは悪くないよ!私が悪いの!」
「いやいや!私が!」
「私が!」
どちらも自分が悪いと譲らない。
それを見た翔哉が他人事に言う。
「ならもう、お互い様って事でいいだろ」
翔哉の言葉に、その手があったかといいたげな顔を咲希と奏はする。
そんな様子を見て、泰志は笑う。
「さっさと帰ろうぜ。どっかの誰かのせいで今日はもう疲れた」
「それって私のこと!?泰志君のことだよね!」
そんな言い合いをしながら、2人は歩いて行く。
翔哉の押すバイクに奏は飛び乗ろうとする勢いだ。
その2人を見て、泰志は微笑む。
「泰ちゃん?」
動こうとしない泰志を不思議そうに咲希が見る。
「なんでもない。今度、楓のお墓参りに行こう。奏の紹介も兼ねて」
「それ、すごくいいね!」
泰志の提案に、咲希は笑って賛成する。
「2人ともー置いてくぞー」
中々来ない2人に向かって、翔哉が叫ぶ。
「すぐ行くよ!」
泰志と咲希は早足で翔哉と奏に追いつく。
4人は並んで下山する。
山に楽しげな笑い声を響かせながら。




