第12話
「よう、寝坊助」
泰志が家を出ると、何故か翔哉がバイクを背にして立っていた。
「……なんでいるんだ?」
泰志の当然の疑問に、翔哉は答える。
「あ〜……なんか、夢で楓に頼まれたんだよ。2人を頼むって」
その発言に、泰志は驚きながらもつい笑ってしまった。
「お前、信じてないだろ」
「ははっ!いや、信じるよ。僕も言われたから」
「……なんだそりゃ」
「まさか、2人とも夢で楓に会うなんてな」
「……ぷっ!ははっ!」
「……はははっ!」
2人は同時に笑い出す。
「ほらよ」
落ち着くと、翔哉がヘルメットを泰志に投げる。
泰志がそれを受け取ると、背にしてるバイクを親指で指し、乗れという合図を出す。
「……無免じゃないよな?」
「安心しろ。もう違う」
「……その言い方は怖いな」
そう言いながらも、目的の場所に行くには車かバイクが必須だ。
タクシーを使うつもりだった泰志だが、お金を持っている訳でもない。
背に腹はかえられないと泰志は翔哉のバイクに乗る。
「それで?どこに行けばいい?」
「湖月山だ」
「湖月山?なんで今更」
「そこに咲希がいる」
「なんで言い切れる?」
「……楓が教えてくれたから」
「……それなら、間違いないな」
翔哉はそれ以上は疑うこともなく、湖月山に向かった。
湖月山、かつて4人で秘密基地を作った思い出の場所だ。
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湖月山は、泰志達が住む街にある小さな山だ。
泰志達が小学生の頃は、山の上を走っていくバスがあり、簡単に頂上付近まで行けた。
一時期は、何かのドラマの舞台にもなり、人が溢れた時もあったそうだ。
そんな湖月山だが、年々頂上に行く人は減っていき、バスの利用者の減少が理由で、頂上行のバスは廃線となった。
今では、自力で登る以外の選択肢はない。
当時より少し荒れた道を、泰志を乗せたバイクは颯爽とかけ登る。
翔哉の運転は荒すぎる事もなく、泰志の中に恐怖はない。
「……お前、何かあったのか?」
運転しながら、翔哉が後ろの泰志に話しかける。
「何かって?」
「いや、昨日までのお前はなんて言うか、ナヨナヨしてたって言うか、楓の事ずっと引きずってたからよ。夢で楓に会えたってだけで、元気になりすぎだし、他に何かあったのかと思ってよ」
昔からそうだが、翔哉は周りの人間をよく見ている。
泰志の変化にもすぐに気づいた。
「別に、特別な事は何もないよ。ただ─」
泰志は風を感じながら、明るい声で翔哉に言う。
「ただ、もう後ろばかりを見るのはやめただけだ。ただ、別れを告げてきただけだよ」
「……そうか」
泰志の言葉に、翔哉はそれだけ返す。
「……おかえり」
そんな小さな翔哉の呟きは、吹き抜ける風にかき消され、泰志の耳には届かなかった。
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「ここら辺でいいよ」
頂上より少し手前、そこで泰志がそう言って、翔哉がバイクを停める。
「頂上まではまだ少しあるぞ?」
「忘れたのか?」
「何が?」
「この辺りだろ?秘密基地を作ったの」
そこは頂上では無いが、山の中へとまっすぐ続く道が茂みに隠れてあり、安全に山の中へと入れる場所だ。
湖月山は、ちゃんと管理された山のため、野生動物もいない。
泰志達が小学生の頃は、この茂みから山の中へとよく入っていた。
「そういえば、そうだったな」
翔哉も思い出したのか、顔に笑みが浮かんでいる。
「んじゃ、俺はここで待つわ」
「一緒に来ないのか?」
「お前……それは野暮だろ」
「まあ、正直」
泰志の反応が意外だったのか、翔哉は少し驚いた表情を見せて、さっさと行けと言わんばかりに手を払う。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「泰志」
翔哉が呼び止めて、泰志が振り向くと、翔哉はグッと親指を立てていた。
「男見せてこい!」
翔哉の言葉に、泰志は親指を立てて応えた。
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「すごく綺麗だね!」
「うん!」
そこは、偶然見つけた場所だった。
泰ちゃんと翔君を驚かせようと楓ちゃんと山の中に隠れていた時、皆で作った秘密基地から茂みで隠れて見えなかった道を通ると広がる空間だった。
幻想的なその場所は、絵本に出てくる異世界のようだった。
「ねえ、ここは私達だけの秘密にしよ!」
楓ちゃんがそう言った。
「で、でも、泰ちゃんと翔君にも?」
「2人にも内緒!ここは、私と咲希だけの秘密の場所!」
「い、いいのかな……」
「いいの!ここで、2人でしかできない話をしよ!」
「2人でしかできない話?」
「そ!悩み事とか、恋バナとか!」
「こ、恋バナ!?」
楓ちゃんの言葉に、私の顔が真っ赤になったのをよく覚えてる。
「だから、ね!2人だけの秘密だよ!」
「うん!」
2人だけの秘密の場所。
誰にも話してない、私と楓ちゃんだけが知っている、秘密の空間。
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目の前に広がる透き通る青い水を見ながら、私は昔の事を思い出す。
楓ちゃんとの秘密の場所も、今となっては一人になるためだけの場所だ。
悩みを聞いてくれる人は、ここには居ない。
「……私、何やってるんだろ」
夏休み最終日、奏ちゃんと泰志の2人を見て、感情が抑えられなくなった。
何も悪くない奏ちゃんにあたって、逃げ出した。
「きっと嫌われちゃった。楓ちゃんなら、こんな風にはならないのに」
目から涙が出てくる。
自分が情けなくて、嫌いで。
学校もずっと休んでいる。
この前、家に友達が来た。
心配してくれている人も居るのに、お母さんに居ないって嘘をついてもらった。
皆心配してるのに、奏ちゃんと仲直りしたいのに、私はこの場所から動くことが出来ない。
結局私は、人と話すのが苦手で、内気で、ダメな子だ。
「やっぱり私は、楓ちゃんにはなれないよ」
「なる必要なんて、ないんじゃないか?」
私が漏らした言葉に、後ろからそんな返答が返ってくる。
私は振り返る。
「すごく綺麗な場所だな」
「……泰ちゃん」
そこには、この場所を知るはずのない泰ちゃんが居た。
目の前に広がる湖のような池を見る泰ちゃんの目は一際輝いていた。




