表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

第10話

楓は、嵐のような行動力と太陽のような存在感を持つ女の子だった。

公園で遊ぶ時は誰よりもはしゃいでいたし、笑っていた。

まるで男の子のようにはしゃぐものだから、よく咲希や両親が心配していたのを覚えている。


楓の笑顔は、皆の気持ちも明るくする。

僕もその一人だった。

図書室で本ばかり読んでいた僕を、外に連れ出して、翔哉や咲希、他のクラスメイト達と繋ぐ糸のような存在だった。

楓が居たから、僕らは友達になり、楓が居たから、僕は色んな事を知った。

本では知ることのできない体験だった。


楓と居られる時間が楽しくて、自然と笑顔になった。

こんな日々がずっと続いて、ずっと一緒に居たいと思った。

ずっと隣で、太陽のような笑顔を見ていたい。

嵐のように振り回されていたい。

そんな風に想っていたのに……



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



そこまで語ったところで、泰志の言葉が詰まる。

口にするのが怖くて、思い出すだけで体が震えた。

そんな泰志を奏は急かす事なく待っている。

やがて、泰志の重たい口が開く。



 「……ずっと一緒だと思っていたのに、事故が起きたんだ。突然、車が突っ込んで来て、楓は下敷きになってそのまま……僕があの時、楓を守っていれば……」



泰志の目に涙が浮かぶ。

悲しみと、悔しさが入り交じった涙だ。



 「……森川さんの言う通り、森川さんは楓によく似てる。顔も、声も、その性格も。だから、僕は─」


 「私は、楓ちゃんじゃないよ」



泰志の言葉を遮り、奏は力強く言った。



 「私は楓ちゃんじゃない。私は森川 奏だよ。泰志君、ちゃんと分かってる?」


 「そんなこと……」



当たり前だ。

そう、言い切る事ができなかった。

言い切る事ができないという事実に、泰志はようやく理解した。



 (……最低だな。僕は)



目の前の少女の名前は、森川 奏

この春に転校してきて、僕に話しかけてきた女の子。

楓によく似た容姿と声をしているだけの女の子。

そう思っていた。

分かっていたはずなのに、奏の中に楓の面影を見て、いつの間にか考えるようになっていた。

楓が今も生きていたら、こんな生活だったのか、と。

そんなもしもの妄想を、勝手に現実に置き換えていた。

森川 奏という存在を、楓に置き換えて考えていた。

奏に重なる楓を見て、現実から逃げていた。

結局泰志は、『今』を見ず、『過去』だけを見続けていた。



 「……泰志君にとって、楓ちゃんがすごく大切な人なのは分かるよ。でも、今の君を見たら、楓ちゃんはどう思うかな?」


 

奏の問いかけを泰志は考える。

深く考えるまでもない。

きっと楓なら、いつまで引きずってるんだと怒るだろう。



 「……どれだけ楓ちゃんが大切でも、もう楓ちゃんが隣に座ってくれることはないよ。もう、君を引っ張ってくれることはないよ」



奏の言葉は、泰志の心に深く突き刺さる。

ずっと逃げてきた現実に引き戻されている感覚。

考える事が出来なかった、未来に目を向けさせられている。



 「死んだ人を想い続ける事は、確かに美徳かもしれない。でもそれは、生きている大切な人を傷つけていい理由にはならないよ」



奏の目にも涙が浮かんでいる。


 

 「泰志君、君には居たでしょ?ずっと過去に囚われてる君の横で、ずっと君の手を離さず握ってくれていた子が」



奏に言われ、泰志は気づいた。

ずっと自分の隣に居た少女が、人見知りで、内気だった少女が、死んだ楓のように振る舞うようになった理由を。



 「……僕が、逃げたから」



泰志が現実から逃げたから。

前を向いて、未来を見据えなくなったから。

咲希もまた、進むのをやめた。

泰志の横で、ずっと泰志の手を握っておくために。

その事に、泰志は今更気がついた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



その後結局、奏はそれ以上は何も言わず、あの場を後にした。

泰志は一日授業をサボり、あの体育館裏で考えた。

その結果、一つの結論を出す。


放課後になり、泰志は綺麗な家の前に立つ。

インターホンを鳴らすと、柔らかい男性の声がした。

男性は、泰志の声が聞こえた途端、驚いた様子で慌てて玄関の扉を開けた。



 「……本当に、泰志君かい?」

 

 「……お久しぶりです。おじさん」



嬉しそうな表情を浮かべ、涙を流す男性は、木下 楓真(ふうま)

楓の父親である。

泰志が訪れたのは、あの日以来、一度も来ていなかった、楓の家だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ