第9話
「海星、は今日も休みか」
担任の先生がそう言って、手に持っている名簿にメモをする。
あの夏祭りから1週間、つまりは夏休みが明けてから1週間、咲希は一度も学校に来ていない。
咲希の席をぼんやりと眺めながら、泰志は上の空だ。
あの日、咲希が見せた涙、叫び、あの時の姿は、まるで昔の咲希のようで。
泰志の中で何度もあの時の光景が反復していた。
「黒瀬、ちょっといい?」
休み時間、そう話しかけてきたのは、いつも泰志を呼び出す男達ではなく、いつも咲希と一緒に行動しているクラスメイトの女子2人だ。
言われるがまま泰志は2人について行く。
着いた場所は、以前クラスメイト達に呼び出され、奏と初めて話した旧体育館の裏だ。
着くなり、女子の一人が泰志を睨みつけながら言う。
「あんた、咲希がどこにいるか知らない?電話も出ないし、メッセも返ってこないし、家に行ってもいなかったんだけど」
「……知らないよ」
「は?本当に?」
「……僕が咲希の居るところなんて、知るわけないだろ」
泰志の言葉に腹が立ち、女子の一人が胸ぐらを掴んで泰志を壁に押し付ける。
特別力が強い訳ではないが、無気力な泰志を押し込むくらいはできたらしい。
「ふざけんな!何が知るわけないだ!てめぇ、いい加減にしろよ!」
「……逆に、何で僕が知ってると思ったんだ?君達2人が知らないのに」
「てめぇ……マジで殺す!」
そう言って殴りかかろうとした時、もう一人の女子が止める。
「綾、その辺にしときな」
「……クソっ!」
綾と呼ばれた泰志に掴み掛っていた少女は、制止した女子を睨むも、その真剣な顔を見て腕を下ろす。
そのままその場から苛立ちを隠せない様子で一人離れる。
残った女子が泰志に話しかける。
「綾ほどじゃないけどさ、私もさっきのあんたの言葉にはちょっとイラッとしたよ」
その言葉を聞いても、泰志はどこか他人事で、気にする素振りはない。
その様子を見て、女子も呆れてため息をこぼす。
「私らは、咲希とは高校からの付き合いで、あんたと何があったかは知らないし、聞き出そうとも思ってない。でも、これだけは言っとく」
そう言って少女は泰志の方を向いて言う。
「咲希は、あんたのことずっと見てたし、気にしてたよ。少なくとも、もし逆の立場なら、咲希ならあんたの居る場所くらい、簡単に答えただろうね」
それだけ言い残し、少女はその場を去った。
残った泰志の頭に、さっきの言葉が反復する。
『咲希は、あんたのことずっと見てたし、気にしてたよ』
(……いつからだっけ)
泰志は一人考える。
(一体いつから、咲希の事を見なくなったんだろう)
泰志は知らない。
今の咲希のことを何も知らない。
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授業の始まりを告げるチャイムが鳴っても、泰志はその場を動かず、旧体育館裏にある小さな階段に座ってぼーっと空をな眺めていた。
「おや?こんな所でサボりとは、一体いつから不良少年になったんだい?」
そう言いながら、奏が泰志の前に現れた。
「君こそ、何でここに?」
「別に、君が休み時間に咲希ちゃんの友人2人に連行されてったから、なんとなく気になって来ただけだよ〜」
奏は泰志の隣に座る。
それから奏が何か話すことはなく、5分程経った頃、泰志が口を開く。
「……あの2人に、咲希の居場所を聞かれたんだ。今どこにいるんだ、って」
「それで?なんて答えたの?」
「……知らないって言った。本当に分からなかったんだ。それで気づいた。僕は、今の咲希の事何も知らないんだって」
「今のって、どういう意味?」
「それは……信じられないかもだけど、咲希は前はあんなに明るい子じゃなかったんだ。もっと引っ込み思案で、内気で、あんな風に誰とでも仲良くするタイプじゃなかった。今の咲希は、まるで……」
「まるで、楓ちゃんみたい?」
「な!?」
奏の口から出た名前に、泰志は動揺する。
何で知ってる?
そんな疑問がよぎる。
その答えを奏は口にする。
「この前、土谷君の口から出た名前。誰のことって思ってたけど、色々考えたら、私に似てる昔の友達かなって」
奏は翔哉から、容姿と声について言われていた。
その点達を繋いだ結果、その答えにたどり着いた。
それが正解だったと、泰志の表情から察する。
「ねえ、教えてくれない?楓ちゃんのこと」
「……どうして?」
「知りたいと思ったの。私がこっちに来て初めて出来た大切な2人の友達から、ずっと想われてる子でしょ?気になるじゃん」
言い方は軽いが、奏の表情は真剣そのものだった。
その表情を見て、泰志は応える事を決める。
「そうだな……何から話そうか」
泰志は語り始める。
木下 楓の事を。
自分の中で輝き続ける太陽のようなあの日々を。




