第五部 老いてしまいたい
それから、全員が帰って来ても、夕飯を食べても、エントがライトに怒られているのを見ても、風呂に入っても、髪を乾かしていても、ベッドに入っても、クオのあの顔が頭から離れなかった。
一体全体、仲間でも無い私にだけとっておきの技を見せ、過去を仄めかす様な事を言ったのだろうか。
私が返した答えだって、そう良いものでも無いような、凡庸なものだった筈だ。
考えてもわからない事だが、考えないと気が済まない。しかし、クオの事なんて何も知らない。
私はベッドから出て、ライトを点け、本でも読もうと備え付けの本棚を見た。
すると、一つだけサイズが手帳程のもので、思わず手に取って適当なページを開いた。
『今日は、シトシト雨が降り注ぎ、なんとも風流な日だった。私の心も、晴れないままだが。
あと何回、客を取れば、自由になれるのだろうか。
こんな事なら、老いてしまいたい』
その後もページを捲り続けたが、クオは体を売って金を得ていた様だ。
しかし、指でめくり損ねて大きくページを捲ってしまった所には、
『ようやく実家に帰れたが、もうここに居場所は無いらしい。
誰か、私を本気で愛して、連れ去って行って欲しい。
なんて、無粋か』
クオは、私に何を伝えたいんだ?
もしかして、私が半妖である事と関係しているのか?
『老いてしまいたい』
確かに、人間なら直ぐ老いる。
いや、待てよ。
もしかしたら、クオは私の逆だったのかもしれない。
私はこっちの世界で生まれ、人間の姿だった父と弟を見送った。
クオは向こうの世界で生まれ、自分と同じ見た目の人々がいる世界へ旅立った。
私は手帳の最後のページを開いた。
『この手帳を見ている人は、きっと、私と同じ半妖なのでしょう。
私は妖怪の父と人間の母親の間の子で、兎の耳と尾が生えた姿のせいで気味悪がられました。
紆余曲折はありましたが、在るべき世界に来られた事は、私にとって大変喜ばしい事ですし、家族も出来ました』
更にその下に、小さく書いてある文章があった。
『私はこちらの世界でも居場所を失いましたが、仲間に恵まれました。
私の幸せは、人間にも妖怪にも分からないものだと思います。
もし、半妖が他にもいるのなら、会ってみたい』
急に、心配になって来た。弟は、上手くやれているのだろうか。
でも、今の私には会いに行く資格が無い。
だから、せめて、クオと探して行きたい。
この妖力に溢れた世界で、半分人間の私たちが生きる術を。
一人よりも、二人の方が良いに決まっている。
 




