第四部 集中
「はい、じゃあ始めるね。ありがちな遊びだけど、もうすぐみんな帰って来そうだし」
クオと家に帰って来た私は、クオにコインを一つ見せられていた。
「知ってると思うけど」
クオはそのコインを逆さにした紙コップで隠し、その隣に全く同じ紙コップを置いた。
「これで、コインの入ってる方を当てるってやつ。行くわよ」
クオはゆっくりと入れ替える。向きを時々変えてみたり、やりかけてやめることはあったが、全く問題ない。
しかし、少しずつスピードが上がってきた。これではフェイントに気付けない。でも、やるしかない。一瞬でも気を抜けば、途端に分からなくなってしまうから。
「テレビっと」
クオは一瞬でリモコンのボタンを押し、テレビをつけた。しかも、大音量だ。
集中。こんな事で崩されたくない。
「よいしょ」
クオはきつい匂いの香水を振り撒いた。
その後も、五感を妨害するような事をされ続け、かれこれ十分くらいになった時。
「どっちでしょう?」
右かと思ったが、今風圧を感じた。言ってる間に移動させたな。
どっちだ。左に移動させてるか、そのままか、ぐるっと一周させたか。
こんな事なら、声が聞こえた時点で気を抜かなければ良かった。でも、私は私を信じる。
「右」
「……」
クオは突然姿を消したかと思ったが、クラッカーを持って戻って来た。
「正解!」
クラッカーから飛び出した紙吹雪が私にかかった。
「最後の風圧にも騙されなかったのね。流石だわ。今日はここまでにしましょうか。明日は二十分ね」
成程。こうやって集中力を上げていくと言う訳か。
それにしても、更に疲れた。私はソファに座り、背もたれにもたれた。
「そのままいて良いわよ」
とクオは台所に行き、ペットボトルを取り出した。
「みんなが来るまで休みましょ」
クオは自分と私の分の炭酸水を用意し、私の隣に座った。
「突然だけどさ。フウワちゃんって、彼氏いるでしょ」
私は炭酸水でむせた。薄々気づいていたが、クオはそう言う系の話が好きなんだろう。
「なんで?」
「その反応はそうって事かしら。なんとなく、女の勘よ」
クオはローテーブルに頬杖をつきながら私を見る。
「いいじゃない。楽しんでおきなさい」
「まぁ、今は別の所にいますけど」
「もしかして、名簿にいた人?」
クオに完全に遊ばれていると分かっていても、反応しないなんて出来ない。
「いいなぁ。私も、純粋に誰かを好きだって思ってみたかった」
急に暗い顔になったクオだったが、次の瞬間先程の顔に戻った。




