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安眠体質

《1章》

 嫌な出来事を思い出す夜ほど、人は眠れないものである。


「6時間、か」


 俺は、チュンチュンと小鳥のさえずりをアラーム代わりに起床した。

 時計を確認すると、時刻は午前6時。

 テッペン前にベッドインしたことを考えれば、定説を破りがてらすぐに寝たらしい。


「喪失感より、ぐっすり眠れる体質が今は憎い」


 小さなため息を吐いて、俺がかけ布団を払い除ければ。

 モゾモゾと怪しげな物体が隣で蠢いていく。


「うにゃぴー。ドーナツの穴はどこへ繋がっているんだッ」

「初手・哲学やめろ。梨央、もう朝だぞ」


 小賢しい寝言を弄した愚妹が、同じベッドで丸まっていた。

 加えて、着ていたはずのパジャマを脱ぎ散らかすや、惜しげもなくスポーツブラをご開帳。健康的な大腿部が眩しい。うわー、サービスシーン。朝から過激で参っちゃうなぁー。


 さりとて、妹の素肌を見てもだからどうした案件。こちとら、コレのパンティーを何度も洗濯して畳んでやっとる立場。逆に解脱しちゃうね、逆に。

 姓は牡羊、名は梨央。牡羊梨央と呼ばれる個体を何度も揺らしていく。


「……おはよう、兄者……」


 眠気眼を擦りながら、梨央は肢体をう~んと伸ばした。

 ついでとばかりに、寝ぐせで爆発したボブカットを手櫛で直していく。


「妹者よ。お前の寝相はどうにかならんのか? 隙あらば脱ぐんじゃない」


 パチクリと自分の姿を確認した、梨央。胸元を隠すようなセクシーポーズを添えて。


「およ、朝から兄者をギンギンに興奮させてもうしわけー」

「俺、生意気な妹より美人のおねーちゃん系が好きだから……」

「あたしを無理やりベッドに連れ込んでおいてひどいっ。童貞のくせに!」

「童貞が女子をベッドに誘えるわけないだろ。童貞だけど」


 悲しい現実を直視すれば、妹が納得したようで。


「確かに! いやー、昨日、部活きつかったからさー。現代人は忙しくて、毎日8時間寝るなんてどだい無理だもん。けれど体力、全快って感じ? 流石、獏の安眠体質は伊達じゃない」

「妹の抱き枕にされる程度の体質、どこの病院に行けば治るのやら」

「ホントはぷりちーなあたしと添い寝できて嬉しいくせに。この、このぉ~」


 梨央のドヤ顔に、内心イラっとしたぞ。

 床に落ちていたパジャマを拾い上げ、俺は親愛なる妹へ投げつけた。


「朝食用意しとくから、お前はちゃんと着替えとけ」

「ガッテン、兄者。我、フレンチトーストを所望する!」

「……検討するかどうか、協議するわ」


 自室を先に出て、リビングへ向かった俺。

 平日の朝に、わざわざフレンチトーストなんて面倒だ。ごめん被りたいな。


「まあ、冷蔵庫に仕込んであるんですけどね」


 ワガママな梨央がごねる方が面倒ゆえ、昨晩にタネ作りを済ませていた。

 温めたフライパンにバターを引いて、卵と牛乳に浸した食パンを焼いていく。ジュージューと甘い香りが漂うと、花の蜜に誘われた虫のごとき存在が姿を現した。


「必要なのは、カフェオレ、ハチミツ、生クリーム、ヨーグルト、コーンフレーク、ドライフルーツ。40秒で支度しなっ」

「注文が多いな、3分間待ってみろ。ここはスイーツランドじゃないんだぞ」

「あたしは食べ盛りで花のJKなの! さぁ、手を動かしたまえ」

「こいつ……っ!」


 テーブルに座れば優雅に足を組んだ、梨央。

 一体、生意気の権化をどう料理してやろうか。今夜の献立が楽しみで仕方ないね。

 冗談は半分さておき、俺は完成したフレンチトーストを運んでやる。


 焦げ目が良き塩梅。ふわふわに焼けた生地が黄金色に輝いている。

 梨央が料理評論家よろしく、うむと腕を組んでいた。途端。


「美味しそうっ。やるじゃん、獏! 流石、我が兄者を自称するだけのことはある」


 そして、舌ペロである。


「積極的には名乗りたくないけどな。両親が同じで、先に生まれた結果さ」

「またまた照れちゃってぇ~。いつも可愛い妹と一緒に寝たいって必死なくせにぃ~」

「仕様だよ、仕様! 誰がこんな体質を望んだ!? 誰も頼んでねーぞっ!」


 図らずも、声を大にして叫んでしまった。

 俺――牡羊獏は、極めて平凡な人間である。

 しかし、1つだけ他人と違う特徴を持っていた。よく言えば能力、悪く言えば病気。

 それが、睡眠ホルモン・メラトニンを大量分泌する体質。


 おかげで、どれだけ辛いことがあってもぐっすり寝てしまう。眠りすぎてしまう。一人で寝ると睡眠時間が長くなり、全く起きられなくなる始末。じゃあ、分け与えよう。

 派生効果として、添い寝相手に安眠を提供できる。つまり、快眠のおすそ分けだ。


 他人に説明しても理解されず、実践する機会も乏しい面倒この上ない個性である。

 ゆえに、俺は高校生になっても生意気な妹とベッドイン(健全)の仲なのだ。


「ほんと、兄者の安眠体質は不思議じゃなー。あたしはスッキリ目覚めて助かるけど」

「添い寝か、遅刻か。全く、他の選択肢も用意してくれ」


 ガックシと肩を落とした、俺。

 時計を確認すると、すでに7時を回っていた。

 いくら早起きしても、朝のダラダラ加減で遅刻の魔の手に脅かされる。


「食ったら、食器は片付けなさいよ」

「はーい、ママー」

「誰がママよっ」


 あんたみたいな子、産んだ覚えないわっ! そりゃ、そうでしょ!

 認知しないツッコミを入れつつ、俺は自分の身支度を済ませるのであった。


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