五.オープンワールド
部屋のベッドで僕は、ぼーと天井を見上げていた。コンビニで久しぶりに購入した雑誌を手に取り、パラパラと目を通した。
(そういえば……)
今夜はファイナルクエストの襲撃イベント日。最近知り合ったフレンドが、召獣の五指が手に入るとチャットしていたのを思い出した。ベッドから起き上がり、机に向かおうとしてふと立ち止まった。
(くそっ)
虚しさと切なさに襲われて、僕は再びベッドに座って、スマホを手に取った。
(何かできることはないのか?)
以前、ダウンロードした音楽ファイルを見つけてタップした。
ポロン、ポロン……
ゲームで流れていたピアノミュージック。なぜか心にしみ、耳をそばだててるうちに、段々と意識が朦朧としていった……
~異世界
「ガートラント、見ろ。この立派な毛肌」
ブレイグが目を輝かせて巨大な獣の指を眺めている。
召獣の五指
ミイラのように干からびた、細かい茶毛でおおわれた獣の小指。白濁した鋭い爪は、生きていた時の凶暴さを物語っていた。たった一本でこの迫力。全身がそろえばいったいどんな禍々しい姿をしていたのか。
「何が五指だ。苦労してクリアした襲撃イベントの報酬が、こんなボロボロの指一本だとは」
私はごくりと唾を飲み込みつつ、わざと興味がなさ気に悪態をついた。
「まあ、そういうな。これで上出来だ。これで俺にも守護神の加護が降りる」
うれしそうにブレイグが手をもんだ。
〝守護神の加護〟
マハジャル・ダ・シン。真っ赤な髪を振りかざす聖像画。彼女が従える召獣カーバンクの遺体を持つものは永遠の加護が約束される。昔からの言い伝え。
「よくやく二つそろったな。だがわしとの約束を覚えておるな。先はまだまだ長いぞ」
少女が隣でつぶやいた。私は目をぐっと閉じた。ブレイグが嬉しそうにつぶやく声が聞こえる。自分にだけ見える亡霊。マハジャル・ダ・シンを語る悪霊。これは私が犯した罪が見せる幻影なのか?
異世界~
朝の光で目が覚めた。ここ最近は随分と深い眠りに陥るようになった。以前と比べて頭がすっきりしたような気がする。いつ以来だろう。これほど睡眠をとり続けたのは。ぼんやりと夢を思い出した。
〝オープンワールド ファイナルクエスト〟
ここ最近よく見る夢。僕はこれほどゲームに依存していたんだろうか。苦笑してうーんと背伸びをして、枕もとのスマホをちらりと見た。世の中で何がおこったか、暇さえあれば眺めていたニュースサイトやSNS。
(別に知らなかったとしても、それほど困らないな)
パンをかじりながらぼんやりと雑誌を眺めた。ページをめくる音が室内に静かに響いた。
(まあ、こんな生活も悪くはない)
カレンダーに目を向けた。
(あれから一週間がたった。あと三週間。さて……どうやって過ごすか)
とりあえず今日も外をぶらつくことにした。
*
時任は机に座って、じっと考え事をしていた。
(あの若者。そろそろ能力が発動する頃合い。これで二例目。あの二人がどう干渉しあうのか)
「まったく興味深い実験だ」
時任は両手を頭の後ろで組んで、満足そうに椅子にもたれかかった。
*
街をぶらぶらと歩きながら行きかう人々をぼんやりと眺めた。サラリーマン、主婦、学生。平日とあって皆忙しそうに速足に歩いていた。ショッピングモールに入り、本屋に足を運んだ。インターネットにつながらない今、書籍は貴重な情報源。立ち読みをしていると、隣で学生らしき複数人がこそこそと話しているのが聞こえて耳をそばだてた。じっとする僕に何かを感じたのか、そのグループはそっと場所を離れていった。
(ふー)
思わずため息が出た。TVを買おうか迷ったが、わずか一か月。思い切って今のままで行こうと決めた。だが、情報の収拾がこれ程大変だとは。地デジの線は部屋にきていたはず。後で家電コーナーに行ってみよう。数冊の雑誌と小説を手にして、僕はレジに向かった。フードコートでジュースを飲みながら雑誌を広げた。
〝オープンワールド ファイナルクエスト攻略本〟
ちょっとはずかしい気がしたが、平日で人も少ないことから、気にしないでページをめくった。
(えっと)
僕は目当ての項目を探した。あった。
〝召獣の五指〟
繊細なイラストで描かれた獣の指。禍々しさというよりはどこかかわいさを醸し出している。
(実物とは大違いだ)
ふっと笑った僕は思わず首を傾げた。実物? 夢の出来事をぼんやり思い出した。あの時、バッグから取り出したミイラのような指。その重さ、触りごごちをはっきりと覚えている。デジタルデトックスの効果なのか。僕の夢は日々リアリティを増してきていた。ふと、子供の頃、父親が自慢げに話していたのを思い出した。
『父さんが子供の時はインターネットなんてなかったからな。一部の金持ちがファミコンをもってたが。父さんはゲームブックっていう小説でできたゲームでよく遊んでたな』
懐かしそうに眼を細めていた。
「ゲームブック? 何それ」
僕は父の話を聞いて驚いた。小説でできたゲーム。選択するパターンによって読むページが変わり、ストーリーが進む。
(なんてめんどくさい)
リアルなネットゲームに慣れていた僕はあきれて聞き流していた。雑誌に目を通しながらぼんやりと当時を想像した。きっと父さんは小説から、その描く景色を想像して楽しんでいたんだろう。今の僕も同じ。オンラインゲームから切り離された今、その空白の情報を埋めようと、脳が必死に映像を作り出そうとしている。
(それもいいかもな。残り三週間。きっと後で笑い話になる)
僕は今の状況を楽しむことにした。
~異世界
少女は闇の中で頭上にぼんやりと明るい丸い光を見ていた。手を伸ばしても触れることができない。不意に怒りの感情が芽生えた。丸い光を憎しみを込めて睨んだ。ふと何かが丸の中で動いた。若い男。こちらを見ている。この恨みは必ず復讐してやる。
異世界~




