三.デジタルデトックス
しばらくは連絡もなく、今まで通りの日常が続いた。システム開発会社で働く僕は、朝八時三十分から夜二十時までずっとモニターを睨みつけてプログラムを作っていた。
〝長時間の座り続けることが心臓病や糖尿病のリスクを高める〟
あのチラシの文章が時折頭をよぎったが、プログラマーである以上、この生活を改める事は難しい。半ばあきらめつつ、その日も仕事を切り上げて帰宅の路についた。
ブーン
駅で電車を待っている時、スマホの着信に気づき、内容を確認してどきりとした。
〝デジタルデトックスの体験開始のお知らせ〟
慌ててタップしてじっくりと目を通した。
『おめでとうございます。あなたは審査に通過しました。これから一か月、デジタル断の生活に入ります。新しい世界へ飛び立ちましょう』
(審査に通過? どういう意味だ?)
意味が解らず頭をひねった。
プツン
突然スマホの電源が落ちた。
(あれ?)
慌てて電源を入れなおした。程なくして今まで通り起動してほっとした。
(ん……?)
アンテナにバツ印がついている。
(圏外。さっきまでつながっていたのに?)
周りを見回した。何名かが首をかしげている。
(一時的に電波が悪いのかな)
特に気にせず、到着した電車に乗り込んだ。僕はその時まだ気づいていなかった。こらから訪れる狂気にも似た混乱と絶望の日々を。
*
アパートにつき、いつも通りグラスを片手にパソコンを起動した。仕事で散々睨んでいたパソコン。家にいる時ぐらいは離れておかないと。そう思いつつ、なぜが見ていないと落ち着かない。僕は睡眠の4時間以外は完全にデジタルの奴隷になって下がっていた。いつも通りオンラインゲームをする為にアイコンをダブルクリックした。
ロード中……
くるくると回転するアイコンは、なかなか止まる気配がしない。
(あれ? ネットの調子が悪いのかな?)
Wifiの設定を確認すると通信無しと表示されている。カチカチと設定を入り切りしても一行に復旧しない。
(とりあえず再起動するか)
パソコンと念のため通信機器も再起動をしたが、やはり復旧しない。首をひねりつつスマホを取り出した。
(つながらない……障害がまだ復旧していない?)
パソコンでブラウザを起動して、通信トラブルのお知らせと書かれたブックマークをクリックしたが、エラーと書かれた画面が表示された。
(まいったな……こんなことならTVを買っておけばよかった)
八方ふさがりになった僕は、ぐいっとグラスを飲み干し、風呂に入って寝ることにした。
*
翌日、いつもどおりスマホのアラームで目が覚めた僕は、ぼんやりしながら、パンを片手にスマホのニュースアプリをタップした。
〝接続中……〟
くるくると回転するアイコン。しかし、いつまでたっても止まる気配がない。
(あれ、まさか……)
僕は慌ててパソコンを起動した。
(やっぱり……)
ブラウザは昨晩と変わらずエラーのまま。
(一体どうなってるんだ)
不安を抱いたまま、いつも通り背広に着替えて会社に向かった。
*
「おはようございます」
普段通り静かなフロアに入り、挨拶をして席に着いた。隣では大きな体をした先輩がモニターをじっとみている。
「おう、山下。やっときたか、俺より遅いとはお前も重役出勤だな」
先輩がくるりと椅子を回転させて、いつものようにお腹をさすりながら、ニヤリとゆがめた口でガハハと笑った。
「え、すいません。いつも通りなんですけど……」
僕は苦笑いをしながらも席に着いた。相撲取りのように大きな体で、もじゃもじゃの髪をした加藤先輩は、その見た目とは異なり、知識豊富で繊細なプログラムを作り、それでいて気さくな人柄に僕はいつも驚かさ、頼りにしていた。
「で、山下。さっそくだが、あれどうなった」
〝あれ〟 先輩が良く使う言葉。
「ああ、わかりました。〝あれ〟ですね。ちょっとその前に勤怠の打刻をしますので」
僕はパソコンの電源を入れ、ブラウザを立ち上げた。くるくると回転するアイコン。
(なんか遅いな……まさか)
404 Not Found
あの画面。じっとりと冷や汗が流れ出た。
「ん? おかしいぞ、急にインターネットにでれなくなった。さっきまで、できてたのに」
誰かの声が聞こえ、がやがやと社内が騒がしくなった。
(まさか、僕のせいで……)
「おい、山下。勤怠の打刻は終わったのか?」
先輩が待ちわびてそうにお腹をさすっている。
「加藤先輩、インターネットってつながりますか? あとスマホも」
インターネット? 眉をひそめた加藤がパソコンに向き合って、あれっと声をあげた。スマホを取り出し首をかしげ、おーい。ネットワークの調子がおかしいぞ、と向こうの席の担当に声を上げた。
「先輩……今日は気分がちょっと悪いので早退させてもらいます」
なんだって? ぽかんとした先輩を横に、すいませんと、と僕は息もつまりそうに席を立って鞄に荷物を詰めた。
*
ピーン
駅の待合室でぼんやりと座っていた僕は、ショートメッセージの音に慌ててスマホを取り出した。電話回線のSMSは影響がないようだ。
〝気分はどうだ? 体調が悪ければ今日はゆっくり休め。あれは明日でいい〟
先輩からだった。あわてて謝罪を打ちこんでいると、途中で追加のメッセージが届いた。
〝お前が帰った後、ネットワークは復旧した。今日の休暇申請は明日忘れずに〟
再び、じっとりとした冷や汗が流れ出た。
(何かがおかしい。まずは原因を究明しないと……)
震える足を抑えながらも席を立ちあがった。




