77 もう一つの人生 ②
不定期投稿です。
誤字報告有難うございます。
これからも宜しくお願いします。
意識はいつの間にか、王太子妃宮にある執務室に変わっていた。
結婚式の2日後には早速、グレイスは執務に追われていた。
その日の午後には、結婚式に参列してくれた各国の招待客との食事会や見送りを行わねばならない。
これは魔族の女の魔法で見せられている世界だと分かっているのに、グレイスはいつの間にかその空間に溶け込んでいた。
「グレイス様、少しお休みになっては?」
酷く懐かしい声。
声だけで心が締め付けられる。
グレイスはゆっくり視線を声のする方へ向ける。
ハルがそこにいた。
ハル·····ハル·····。
「グレイス様?」
グレイスを労る、穏やかな優しい微笑み。
あの日野盗に襲われ、それを率いていた聖騎士に、グレイスを守りながら無惨に殺されてしまった。
グレイスの目から涙がこぼれ落ちる。
ハルはグレイスが泣くのを見て、慌ててグレイスに駆け寄る。
「如何なされました?何かございましたか?」
「大丈夫、何でもないわ。少し·····目が疲れているのかもしれないわ。」
グレイスはハルを安心させる為にそう言って微笑む。
「グレイス様、昨夜のエリオット殿下のせいではありませんか?先程殿下をお見掛けしましたが、恐ろしい程ご機嫌でいらっしゃいましたよ。それに幸せオーラが尋常ではありませんでした。あのご様子だと······今晩もグレイス様のお身体が心配ですね。体調不良ということで、今日までお休みされては如何ですか?」
「タッカ······。」
護衛も務める従者のタッカがグレイスの机の近くに立っていた。
にこやかに軽口を叩くその姿が懐かしい。
《こんな時だから言いますが、俺はダリウス様がグレイス様を想う以上にグレイス様を愛しています。·····だからグレイス様、俺の為にも逃げて下さい。》
ハルと同じく野盗を引き連れた聖騎士に襲われ戦っている最中、最期にタッカがグレイスに伝えた言葉が甦る。
グレイスの目から、再び涙が止めどなくこぼれ落ちる。
グレイスのその様子を見て、タッカも慌てる。
「えーーー、グレイス様、本当に夜がお辛いのですか?それなら僭越ながら、私からエリオット様にそれとなくお伝え致しましょうか?」
「タッカ、先程から失礼ですよ。グレイス様はまだ何も仰ってないではありませんか。」
余計な事を言うタッカに、すかさずハルが注意する。
「しかしなぁハル、あの殿下が長年我慢していた想いを、夜グレイス様にぶつけてるんだぞ。俺は心底心配してるんだ。他の者達ならともかく、俺達はただ微笑ましく見守っているだけでは駄目だろう?」
そう言うタッカは本気でグレイスを心配してくれている。
2人のそんな姿を見て、グレイスは胸が熱くなる。
「ふふふ、ごめんなさい、大丈夫よ。ただ、あなた達が変わらず傍にいてくれる事が幸せで、思わず涙が出てしまったの。こんなに感情を顕にするなんて、淑女として恥ずかしいわね。」
「グレイス様·····そんな風に思って頂けて、私達の方が幸せです。私とタッカは、ずっとグレイス様のお側にいますから。」
ハルはグレイスの背を優しく撫でながら、そう言って微笑む。
「グレイス様、俺はどんなに年老いてヨボヨボになっても、グレイス様のお傍から離れませんから。だから途中で解雇しないで下さいね。例え剣を握れず戦えなくなっても、毒味役や盾位にはなれますから。」
「ふふ、有難う。でもあなた達も相手を見つけて幸せにならなければ駄目よ。」
ハルとタッカはグレイスの言葉を受けて、顔を見合わせる。
「そんな····俺達が居て幸せだとグレイス様が言ってくれる以上の幸せなんて、今のところ想像出来ませんよ。」
「本当に、私がグレイス様のお傍にいたいのですから。」
そう言って2人は微笑む。
グレイスは傍にいる2人の手を取る。
「有難う。」
絶対的に信頼が出来て、私を精神的にも支えてくれる2人が生きている世界。
今は離れたくない······。
もう少しだけ····もう少しだけ、ここにいさせて。
グレイスは2人の手を握りながら、そう思っていた。
◇◇◇
「グレイス!!」
フェアノーレの王宮で倒れたグレイスは、ナルージアによって部屋に運ばれた。
ナルージアが捕らえた魔族は、強力な結界が張られた牢に入れられていた。
ドイナーに代わりグレイスの護衛をしていた騎士が、王城外に出ているロシェル達にグレイスが倒れた事を知らせると、ロシェルは行っていた奉仕活動を中断し、急ぎ王城へ戻った。
「いったい何が?説明してくれ、ナルージア!」
ベッドに静かに横たわっているグレイスの顔色は青白く、生気が感じられない。
そんなグレイスを見たロシェルは、珍しく険しい表情でナルージアを問い詰める。
「王宮ニ魔族ノ女ガ紛レテイタ。精神攻撃ノ魔法ヲ受ケテ、深イ眠リニツイテイル。」
「精神攻撃?それはリーヴァ様から聞いた、ルノール王国が捕獲したと言われている魔族の仕業?」
「オソラク。マダ確定デハナイ。マァ、ソノ魔族ハ捕マエタケド。」
「それなら、解除させればいい。出来ないなら術者を殺せば?」
「本人ガ意識ヲ戻ソウトシナイ限リ、眠リカラ目覚メナイラシイ。」
「なっ·····。」
「本当カ分カラナイケドナ。魔族ハ自分ニ都合ノ良イ嘘ヲツクカラ。」
「僕が拷問する。」
そう言ってロシェルは、魔族を捕らえている牢へ行こうとする。
「待てロシェル。お前は魔族に接触しない方がいい。本来はお前との接触が目的かもしれない。」
モランが前に立ちはだかり、ロシェルを止める。
「聖属性の防御魔法を展開するから大丈夫。行かせて欲しい。」
尚もロシェルは抵抗する。
「ロシェル、モランの言う通り、グレイスの傍に居た方がいい。」
ロシェルとモランが揉めている所で部屋に入ってきたのは護衛を連れたアーレンだった。
「アーレン様·····。」
アーレンが来たことで、皆礼の姿勢を取り挨拶をする。
アーレンはそれを手で制すると、ベッドで眠るグレイスの傍に行き、その手を取った。
そして何かを確かめるように目を閉じる。
「·····体内の魔力の流れが弱くなっている。グレイスの意識がどこか深い所に沈んでしまっている状態だ。グレイスの意識が戻らない状態になると、身体の機能が低下していく。」
「どうなるんですか?」
「最終的には呼吸が止まるだろう。これはどんな精神攻撃の魔法なんだ?」
「大シタ魔法デハナイト言ッテイタ。タダ本人ニ目覚メル意識ガナイト、例エ術者ガ死ンデモ目覚メナイラシイ。本当カドウカ分カラナイケドネ。」
「·····今、グレイスが目覚める気配がないという事は、目覚めたくないと思わせるものを見せられているということか。」
「目覚めたくない?·····そんなものって·····。」
アーレンは、一旦きつく目を閉じ考えると、何か思い立った様に口を開いた。
「既に亡くなっている者達の映像を見せられているのかもな。」
「既に亡くなっている者達?」
ロシェルの頭の中に、エリオットの姿が過る。
「エリオット様·····ですか?」
エリオットの名前で奉仕活動をする程、グレイスはエリオットの死に対して心残りがある様だった。
嫉妬心がロシェルを苦しくさせる。
「兄上に関しては、確かにグレイスの心に残るものはあるだろうが、きっとそれよりももっとグレイスが後悔していること·····おそらく、従者だったハルやタッカ達を助けられなかった事が、グレイスの深い心の傷になっているのだろう。特にあの2人はグレイスにとって家族の様な存在だったからね。そんな彼等が生きている世界を見せられたら、分かっていても直ぐには意識を取り戻せないだろう。しかし精神攻撃魔法か·····今のグレイスの痛いところをついてきたな。」
ヴァーバルの墓所と言われている11基の墓が立ち並ぶ場所を思い出す。
あの場所にいるグレイスは、いつも、何年経っても今にも泣きそうな悲しい表情を見せる。
ロシェルも他の者達も、あの場所がグレイスにとってどれだけ大切なのかよく知っている。
聞いた話では、襲ってきた野盗と聖騎士を倒した直後、グレイスは1人で遺体を運び、墓を作ったとか。
彼等を死なせたことを後悔しているグレイスなら、少しの間、彼等が生きる夢の中から出たくないと思ってしまう事も理解出来る。
ロシェルは深い溜め息をつき、グレイスに寄り添う。
「帰ってきてくれますよね?」
「ロシェル·····。」
「僕のこと思い出してくれますよね?僕の所に帰って来たいと思ってくれますよね?」
ロシェルの声は震えていた。
「大丈夫だ、ロシェル。グレイスは君に辛い思いや苦しい思いをさせたくないと、常日頃から強く願っている。だからきっと戻ってくる。少しだけ待ってあげよう。」
アーレンはそう言って、ロシェルを慰めた。
◇
部屋にロシェルと護衛のモランを残し、アーレンは自身の護衛とナルージアとドイナーを伴い牢へ向かう。
「何デ、ルノールノ魔族ガ入リ込ンデル?」
途中、ナルージアがアーレンに問いかける。
「ルネア王女がルノール王国の特使として来ている。その中に紛れ込んでいたようだ。見舞いだと言いながら、ある提案をしてきた。」
「何ノ?」
「聖属性の魔力を持った子供の育成計画だ。ロシェルの子種を各国の王家に分け与え、それぞれの国で聖属性の魔力持った子供を育て増やしていこうというものだ。」
「マダ言ッテルノカ?」
「既に数ヵ国賛同する署名がされていた。最終的にはルダリスタン帝国の皇帝に嘆願書として提出されるだろう。」
「必死ダナ。アイツハ拒否スルダロウ?」
「拒否すれば、各国一丸となって、ルダリスタン帝国に反旗を翻すらしい。」
「戦争スルノカ?」
「そうらしいな。」
「俺ガ相手ニシテヤル。仕掛ケテ来タナラ、滅ボシテイインダロウ?クク·····バカナ奴ラ。」
「戦いは避けたい。ただ、グレイスが眠りについたままとなれば、突っぱねるのも容易ではなくなる。グレイスに魔族を使って精神攻撃魔法をかけたのは、その提案を受け入れさせるためだ。世界が聖属性の魔法を失うわけにはいかないと言って、神殿も協力してロシェルの身柄を管理下に置くつもりだ。」
「人間ハ馬鹿ダナ。残虐性ハ魔族ト、サシテ変ワラナイ。嫌ガルロシェルニ薬デモ飲マセテ無理矢理子作リサセルンダロ?ソウナッタラ、俺ガ全テ吹キ飛バシテヤル。」
「·····ナルージア、君がグレイスやロシェルに好意的なのが嬉しいよ。さぁ、各国の思惑とは別に、あの魔族は、単に身柄を保持する為に、ルノールに協力しているとは思えない。本当の目的を聞くとしよう。ナルージア、協力をお願いするよ。」
「リョウカーイ。」
そう話している間にアーレン達は、魔族を拘束している牢にたどり着いた。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。




