66 エリオットとグレイス ②
不定期投稿です。
執筆の時間が取れず、投稿遅くなって申し訳ありません。
グレイスはエリオットが涙するのを初めて見た。
エリオットの頬に伝わる涙が、月の光を受けてか、何故か輝いて見える。
グレイスは両手を伸ばし、エリオットの顔を引き寄せ、その涙に口づけた。
エリオットはグレイスの言葉を信じられないのか、その瞳は揺れていた。
「随分遠回りをしましたが、私達はもっと早くに、こうなるべきだったのかもしれません。」
「信じられない·····君は私を心の何処かで恐れていた。私に心を許すことはないと思っていた。」
「エリオット様、貴女は私に短剣を預けて下さいましたが、私があなたの命を奪う事はやはり出来ません。私には出来ないのです。ですからどうか、私と共に生きる道を選んで下さい。」
「グレイス······。」
エリオットはそう言うと、グレイスに口付けた。
それは次第に深くなり、グレイスの身体の力が抜けてくると、グレイスを抱き上げ、ベッドへ向かった。
「グレイス····グレイス····ああ、私の唯一·····。」
エリオットはグレイスをベッドに下ろし、掠れた声でグレイスの名を呼びながら、まるで壊れ物を扱う様に優しくグレイスを抱いた。
◇◇◇
「グレイス·····。」
ベッドに広がるグレイスの美しい銀髪を優しく指に絡め、髪を梳くように撫でる。
それでもグレイスは起きない。
ああ、優しくしたつもりだったが、結局途中から想いをぶつける様に抱いてしまい、結果グレイスは意識を手放してしまった。
それでも抱き足りないが······。
私にとっては夢のような一時だった。
自分の体内にはグレイスの魔力が巡っていて、魔族が血の契約を利用して、身体の中に入っていた呪いとも言える精神を操ろうとする魔力は、グレイスによって押し流されるようにして体外に放出された。
グレイスの魔力が巡る心地好い感覚は、私の感情さえも充たしてくれていた。
グレイスと初めて出会ったのは、グレイスがまだタンドゥーラ公爵夫人のお腹の中にいる時。
こう言うと皆、理解出来ないといった顔をされるが、当時から私は、魔力を感知する能力に長けていて、その魔力からある程度の個人の能力、そして悪意さえも感じられるようになっていた。
そこで私が目にしたもの。
これから生まれてくるグレイスの、見たもの全てを浄化してくれそうな程、清みきった魔力だった。
赤子だからというだけではない、他とは異なる美しい輝きに、幼い私はすっかり心を奪われた。
だから、無事産まれてきてくれたと聞いて、どれだけ嬉しかったことか。
そして初めて対面した時の感動は忘れない。
感じた魔力の輝き以上に、生まれてきたグレイスは可愛らしく、美しかった。
あの頃から、もう自分の生涯の伴侶は、グレイス以外に考えられなかった。
しかし、グレイスは国の筆頭公爵のタンドゥーラ公爵家の令嬢だ。
タンドゥーラ公爵家は帝国ルダリスタンからの監視役でもある。
元々ルダリスタン帝国でも公爵位を持っているタンドゥーラ家は、万が一フェアノーレ王家が立ち行かなくなった場合、国王代理の権限で国を治められる程の権力者だ。
その為、フェアノーレでは相談役という役職に就く事になっている。
過剰な干渉を避ける為である。
その為今まで王の妃をタンドゥーラ家から立てる事もなかった。
だからグレイスも私の妃候補から外されていた。
そんな矢先、他国の王女との婚約の話が上がった。
政略結婚は王族の使命とはいえ、受け入れることが出来ず、両親である国王陛下と王妃陛下にグレイスと婚約させて欲しいと直訴した。
しかし、タンドゥーラ家と婚姻を結ぶのは慣例に反するという理由で却下された。
そんな時、ある事故で傷を負わされた身分の低い令嬢が、加害者である高位貴族の元に嫁入りする話を聞いた。
何でも責任をとっての婚姻らしい。
ならば私も·····そんな安易な考えで、グレイスをわざと危険にさらした。
私の過失とする為に。
勿論大怪我をさせるわけではない。
ほんの少しだけ·····しかしそれがグレイスを怯えさせる結果になり、心が離れてしまったと、後から知り後悔した。
そんなグレイスの心の隙に入り込んだのが、アーレンの護衛になったダリウスだった。
グレイスはアーレンの遊び相手として王宮に呼ばれていた。
王宮に呼ばれていたのは高位の貴族だ。
護衛騎士達は、アーレンだけでなく当然他の貴族令息令嬢を護る役割も担っている。
だからダリウスのグレイスを護る行動は当然だった。
しかしそれがグレイスの心をも掴み、初恋にまで発展させてしまった事は大失態だ。
それでも自分の愚かな行動が、母である王妃には響いたようで、性格の歪みを解消する為にもグレイスを私の婚約者とする事に賛同してくれるようになった。
あとはタンドゥーラ家が承知してくれるかだったが、まだ立太子まで期間もあることから、何とか承諾してくれた。
タンドゥーラ家としては、後になり婚約を解消するつもりだったかもしれない。
私はそんなことには同意しないが。
婚約してからは幸せだった。
怯えていたグレイスも心を開く様になり、幼いにも関わらず聡明で、グレイスの王太子妃に異を唱える者は誰一人居なかった。
唯一邪魔だったのが、アーレンの母親で側妃のユリエナだった。
度々聞こえてくる、母上と私を貶める言動。
そしてグレイスをも第2王子派に引き入れようとする。
だから毒を入手した。
保険のつもりだった。
まさかそれを母上に奪われ、利用されるとは思っていなかったが。
今でも悔やまれる。
毒さえ入手しなければ、母上も凶行に走らなかったかもしれない。
母上は最期、床に頭を付けながら私に謝っていたが、あの時私は、あの毒は、本当はこの母に使うべきだったのではないかと思っていた。
結果的に私は直接手を下したわけでもない為、幽閉されたとしても、機会があれば恩赦が適用されるはずだった。
国王陛下も、そう約束してくれていた。
しかし実際は、その約束も反故にされ、私の幽閉は解かれる事はなかった。
勇者の凱旋と、その身に受けた血の呪いを解いたグレイスとダリウスの結婚の前に、私の存在が邪魔なのだと知った。
こうして全てを失い、絶望した私は、やがて世界の破壊を望むようになった。
その後、古文書を解読し、魔族を隷属させることに成功し強大な力を得ることになった。
この力を利用し、世界を混乱に陥れるのも、平和を保つのも私の気持ち次第。
しかし圧倒的な力を手にしながら得られなかったものがある。
それはグレイスの心だった。
君の心を手に入れられなければ、世界の破壊さえも意味をなさなくなる事に気付いた。
グレイスに再会する前に、従者達の眠るヴァーバルの墓所と呼ばれる場所に行った。
訪れるのに相応しくない人間は、はじき出される結界が張ってあったが、私は難なく通過することが出来た。
立ち並ぶ11基の墓を見て、胸が熱くなった。
墓にはハルやタッカといった、よく知る従者の名も刻んであった。
彼等は皆、グレイスを愛していた。
身分もあるが、私のように無理矢理愛を押し付けるでもなく、ただ純粋にグレイスを慕い、見返りを求めず献身した。
献身か·····。
今の私にはほど遠い·····。
しかしこの時思った。
グレイスは孤独になったと。
今は傍に聖属性の魔力を持つ者を保護している。
家族のように接してはいるが、その者を他の勢力から守る為に婚姻を結ぶかもしれないと聞いた。
しかしそれはグレイスが本当に添い遂げたいと思って関係を結ぶ訳ではない。
グレイスの心を充たすものではない。
ならば、いっそのこと、私がグレイスを拐ってしまおうか。
私がグレイスの孤独を埋めてやろう。
実際こうして拐ってどうだろうか。
世界を救いたいのなら、誰かの元へ戻りたいなら、私を殺すのも1つの手だ。
だから短剣を渡した。
私を殺したいならそれでもいいと思った。
しかし魔族が、血の契約紋を使って度々私の身体に干渉し、ついには私の精神をも乗っ取ろうとしてきた。
乗っ取られる位なら、契約をした魔族を巻き込んで、盛大に死んでやろう。
そう思っていたのに、グレイスは私に愛の言葉を囁いた。
既に各国に被害を出し、世界を混乱させているこの私を救いたいと思っているのか、君の関心を繋ぎ止める為に渡した短剣を使わず、共に生きる道を探そうと言ってくれた。
結局、グレイスはこうなって初めて私に心を向けてくれた。
ああ、君に再会してから、もう死んでもいいと思っていたけれど、こうして望む幸せを手にして、今は生きたいと思っている。
なんて心地いい世界なんだ。
君が私に向けてくれる献身に、私は何を返せるだろうか。
「グレイス愛してる。」
この満たされたこの時間が、永遠に続けばいいのに。
◇◇◇
共に生きる道を探そうと告げた日から、エリオット様は変わった。
魔族を操り、世界の破滅を望んでいたあの強い意志は、今は感じられない。
王太子であった頃は、隙がない、自分にも他人にも厳しい人だった。
私だけに見せてくれる穏やかな表情に気付いていながらも、私は常に心に距離を置いていた。
今になって、こうして踏み込んでみると、エリオット様がいかに愛情に餓えていたのかが分かる。
ただ妃として公務をこなす為だけではない、エリオット様の心を癒す事が、私の本来の役割りだったのだと、今さら気付かされた。
アーレンがマリアを傍に置いたのは、きっとそういう理由だ。
しかし私達のそんな思いとは裏腹に、血の契約を結んでいる魔族が、エリオット様の身体や精神に干渉してくる頻度は増していった。
それは日が経つにつれ、魔族自体が本来の力を取り戻しているという事。
魔力量の多い人間を襲っているのかと聞くと、そうではなく、同族同士で殺し合い、魔族の体内にある魔力の核を喰らって力を得ているという。
血の契約者であるエリオット様が優位であることに変わりはないが、契約者との繋がりを利用した干渉は、徐々にエリオット様の身体を弱らせていった。
「私を弱らせ、眠りにつかせるのが奴等の目的だ。意識を失わせた状態で、今ある拘束から逃れようとしている。そして今私の一番傍にいるグレイス、君は魔族から標的になっている。私が自身を制御出来なくなったら、真っ先に私の命を奪える存在だからだ。もしくは、グレイスを人質にとって私を脅し、血の契約を解除させようとしてくるかもしれない。そうはさせないがな。」
エリオット様は干渉してくる魔族を1体ずつ排除していた。
血の契約を行っている魔族は、それなりに力をつけているため、彼等が抵抗している中、同時にまとめて排除する事は難しいそうだ。
「グレイス、私の精神が乗っ取られたら、躊躇せず、あの魔力を込めた短剣で私を貫くんだ。いいね。」
「分かりました。でもそうならないように、私も力になります。」
今のエリオット様なら、まだ眠っている魔族も含め、世界を守ってくれる。
死なせる訳にはいかない。
魔族の干渉を受けて、淀んだ魔力を浄化するには、なるべく肌を触れ合わせ、私の魔力をエリオット様に流す方がいい。
だから昼間は手を繋いだり、夜は必ず抱き合って眠った。
そうしている時のエリオット様は、身体が楽になるようで、魔族からの干渉も防ぐ事が出来た。
しかし、それはある日突然起こった。
ガシャーン·····
夜、1階のエントランスで、何かを破壊する音が響いた。
この屋敷は他から見えないように、認識阻害の結界が張られていた。
故に外からの攻撃はあり得ないはずだった。
「エリオット様、今の音は?」
「·····ああ、誰かが屋敷に引き込んだようだ。グレイスはここで待機していてくれ。」
そう言って、エリオットは寝室にグレイスを残し、様子を見に行こうとした。
「お待ち下さい。私も参ります。私達は離れない方がいいと思います。」
「····そうだな。グレイス、念のため短剣を持って来て。あれは魔族が触れると灰にしてしまう程の魔力が込められている。」
「承知しました。」
グレイスは寝着の上に羽織り、エリオットと共に音のした場所へ向かった。
「きやああああ!」
続いて響いた女性の使用人の叫び声を聞き、向かう足を速める。
そして目にしたのは、刃物を片手に持ち、返り血を浴びた屋敷の料理人の男だった。
男の足元には、1人の女性の使用人が倒れていた。
男のはだけた胸には、見慣れないペンダントが掛けられていた。
そのペンダントヘッドには魔石がはめられており、男の胸に張り付くようにして、怪しげな光を放っている。
すると突然魔石が強く発光し始め、料理人の男の胸に魔法陣が浮かび上がった。
「あれは血の契約紋·····。」
「ああ、何処で魔族に会ったか知らないが、契約させられたようだな。·····来るぞ。」
エリオットがそう言った途端、料理人の男の立つ真下に同じ魔法陣が現れ、そこから1人の女の魔族が現れた。
ドロドロとした魔力を見に纏った女の魔族は、エリオットを視界に捕らえると嬉しそうに笑みを浮かべた。
そして詠唱し始め、床に別の魔法陣を展開させた。
「させるか。」
エリオットはそう言うと詠唱を始め、魔法を発動させた。
女の魔族は喉を押さえると途端に苦しみ始め、その場で血を吐き倒れた。
そしてその血が魔法陣に触れると、一気に血を吸い上げ、さらに赤黒く光出した。
「これも計算のうちか····。」
エリオットが悔しげに呟くと同時に、今度はその魔法陣から、魔族が次々と現れた。
「グレイス、どうやら命知らずの者達が、直接攻撃を仕掛けてくるようだ。」
エリオットの言葉に、一瞬グレイスの背に緊張が走る。
「グレイスすまない。激しい戦いになりそうだ。」
「エリオット様、大丈夫です。私があなたを守ります。」
そう言ってグレイスは、エリオットの手を握って微笑んだ。
そんなエリオットは少し驚いた表情を見せるも、嬉しそうに微笑み、グレイスの手を握り返した。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。