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闇の聖女は愛を囁く  作者: 藍沢ユメ
65/93

65 エリオットとグレイス ①

不定期投稿です。

宜しくお願いします。

「グレイス、何をしているんだい?」

「エリオット様····久しぶりに刺繍をと思いまして。」


屋敷の周りに立ち込めていた霧が今日は晴れていたので、グレイスは庭に降り、木陰でハンカチに刺繍を刺していた。


本当にいつぶりかしら。

アーレンの側妃になることになって、最後だからと、確かリーヴァに贈って以来ね。

側妃になってからも忙しくて、ましてやアーレンに刺繍入りのハンカチなんて渡す筈もないし·····。

そう言えば、ロシェルに渡した事はなかったわね。

ルノール王国へ行く時は、心の何処かで別れがあるかもしれないと思っていたけれど、本当にこんな事になるなら、ロシェルに1枚贈っておけば良かったわ。



「懐かしいな、グレイスが刺繍をする姿を見るのは。これは今でも私の宝物だが。」


グレイスが一瞬ロシェルに想いを馳せていると、傍に来たエリオットがポケットから1枚のハンカチを取り出した。


「それは·····。」

「ああ、グレイスが子供の頃、初めて私に贈ってくれたものだよ。」

「まだお持ちだったのですか?」

「君からの贈り物を捨てる訳がないだろう?」


エリオットはそう言って微笑んだ。


「エリオット様、恥ずかしいのでお返し下さい。今、新しいものを刺繍している所ですので。」


少し頬を赤らめ、恥ずかしそうにするグレイスは可愛い。

そんなグレイスを見て、エリオットもまた柔らかい笑みを見せる。


少し怖くなるほど、穏やかな時間だった。


こうした時間を過ごす事がエリオットの望みとは言え、未だ魔族に世界が脅かされている状態でこうしている事は、グレイスにとって心を痛めるものだった。

かと言って、エリオットの1日も早い死を願う事は、グレイスには出来なかった。


エリオットは1日の内数度、グレイスの前から姿を消していた。

何処に何をしに行っているか聞いた事はない。


あの夜がそうだったように、エリオットの後をついて行けば、魔族に関してまた新しい事を知ることが出来るかもしれない。

何より、戻ってきたエリオットは、どこか疲れている様に見える。

グレイスが気づかない所で、魔族からの干渉があるのかもしれない。


「エリオット様·····お疲れですか?」

「そう見えるか?」

「はい。宜しかったら、こちらで休まれますか?」


そう言ってグレイスは刺繍を片付ける。


「膝枕か·····。贅沢だな。」


そう言ってエリオットは笑った。


こんな事でも喜んで下さるのね。


グレイスは少し切なくなる。


母であるカリファの元で厳しく育てられたエリオットは、常に隙のない印象の人だった。

ただ唯一、グレイスと2人だけの時間を過ごす時は、肩の力を抜いていた様に思える。


グレイスの膝に頭を乗せたエリオットは穏やかな表情のまま目を閉じる。


「幽閉塔を抜け出して先ずした事は、各領地を見て廻る事だった。ある農村で、おそらく夫婦だろう、木陰でこうして妻の膝枕で休んでいる者達を見掛けた。彼等は貴族の様に煌びやかな衣装を見に纏っている訳でもない、どこかくすんだ服装をしていたよ。一目で貧しいと分かるが、彼等の表情はとても幸せそうだった。分かっていた事だが、愛する者が傍にいる時間が、何と愛しく、大切なものなのだと、見せつけられた気がした。そしてその時の自分は存在を否定された虚しい存在なのだと、思い知ったよ。」


「·····エリオット様。」


「幽閉塔で古文書を見つけた時は、これこそ自分が能力を発揮出来るものだと思った。古文書を解読し、描かれた魔法陣を解析し、実践してみる。幽閉されていることが苦にならない時間だった。そんなに時に聞こえてきた君の帰国。グレイス、君は王城に上がったとき、この幽閉塔の近くまで来たことがあるだろう。気配で分かったよ。」

「あの塔は、魔力を遮断するのではないのですか?」

「あの塔の至るところに様々な魔法陣が展開されている。その魔法陣に干渉する為の魔法陣を私は創り出した。」

「そんなことを·····。」

「まあ、それはどうでもいい。アーレンがソフィアと婚約解消して、真実の愛だとほざいて、愛しい女と添い遂げることにしたと聞いた。あのまま強引に進めていれば、王家は倒れていただろう。それを君が側妃になる事で、アーレンを救ったと聞いた。」

「アリエスタ様から丁度王宮の奥向きの事を取りまとめるように依頼されましたので、ついでのようなものです。」

「あいつは甘やかされて育った。何でも上手くいくと楽観視する傾向がある。君が彼等の尻拭いをする姿は、アーレンに対して怒りを覚えたよ。」

「ふふふ、本当にエリオット様からアーレンに説教をして欲しかったですわ。」


グレイスはエリオットが怒ってくれていた事を知って、少し嬉しかった。


「そんな言い方だと、アーレンに対して恨む気持ちなんて無さそうだな。」

「はい。」

「そうか·····それから、ダリウスが古竜の討伐に行き、そして帰国した時、呪われて瀕死のあの男をグレイスが救ったと聞いた。そしてダリウスの願いを叶える為、君があの男に降嫁したと知った時、当然嫉妬した。だから見に行ったよ、君達を。グレイスが苦労するようなら連れ去ろうかと思っていた。しかし実際は、片側の手足を失くしたダリウスをしっかり支え、ダリウスも君も前を向いて生きていた。幸せそうにね。君の笑顔を見ていたら、何も手出し出来なかった。俺は逃げる様にその場を去った。もう君には2度と会えないだろうと思ったよ。」


「エリオット様······。」


「そして本格的に魔族を支配する(すべ)を模索し始めた。旅に出て、見つけた魔王の城の跡。魔王の力の一部を吸収した時、思い付いたのが血の契約だった。目覚めたばかりの魔族を圧倒的な力でねじ伏せ、無理矢理血の契約を結ばせた。そうして力を得ていく中で、自分の中に誰にも邪魔されない国を創ろうという野心が生まれた。そんな時だった。フェアノーレに聖女が現れ、ダリウスと恋仲になり、君が国を出て行くことになったと聞いた。君は市井では悪女呼ばわりされ、名誉さえも傷つけられ、更に心の支えになっていた侍従達も襲撃により失った。ダリウスはその命をグレイスに救われ、愛情さえも得ていたにも関わらすあのような仕打ち。今でもそうだが、私はダリウスを八つ裂きにしたいと思っている。君が止めなければ奴を灰にしていただろう。」


「·····エリオット様、私のために心を痛めて下さっていたのですね。」


「あの男はまだ君に未練があるようだったが、私は許さない。もし今ここに現れたなら、君がどんなに止めようとも、私は必ずあの男を殺す。」


「エリオット様·····ダリウスの事はもういいのです。彼を殺しても、ハルやタッカ達が生き返るわけではありません。」


「グレイス·····辛かったな。そんな時こそ、傍に居たかった。」


エリオットはそう言ってグレイスの頬に手を伸ばし、優しく撫でた。


「私の存在が君を癒せたらいいのに·····後悔はしていないが、君を無理矢理ここに連れてきたことを申し訳なく思っている。」


そう呟き、エリオットは目を閉じた。

暫くすると穏やかな寝息が聞こえてきた。

グレイスはエリオットの髪をそっと撫でる。



この方を助けられないだろうか?



本当に命を奪うことでしか、エリオット様を止める事は出来ないのだろうか?

エリオット様が命じたら魔族の命を奪う事は出来る。

今ある世界の脅威を、一時的とは言え取り除くことが出来る。


古文書にある、魔族と通じる事が出来るというあの魔法陣。

あれを利用して、エリオット様と魔族を切り離す事が出来ないだろうか。

私が代わりに血の契約を結び直すことさえ出来れば、もしかしたら。


グレイスはその日以降、2人でいる時は、屋敷の外へ散策に出掛けたり、時には庭仕事を楽しんだ。

しかしエリオットが屋敷を離れている間は、新たな魔法陣の研究に時間を費やすようになった。



そんな日が数日続いたある日の事。

エリオットは早朝より屋敷を離れたまま、日が暮れても帰ってこなかった。

エリオットが居ないことに慣れている屋敷の使用人達は、静かにいつも通りの仕事をこなしていた。


そして日付を越えた夜中、小さな物音で目を覚ましたグレイスはベッドから起き上がり、隣の部屋へと向かった。


部屋は灯りはついておらず、カーテンが開け放たれ、窓からの月明かりだけが唯一の光源だった。


エリオットは目を瞑り、疲れたようにソファにもたれ掛かり座っていた。


「エリオット様·····。」


グレイスが呼びかけるも、エリオットは応えない。

グレイスが近づき、エリオットの前で跪き、その手に触れると、とても冷たい事に気づいた。


魔力が枯渇しているのでは?


グレイスはそう思い、触れている手からグレイスの魔力を流す。

そのまま見つめていると、エリオットはゆっくりその目蓋を開き、虚ろな目でグレイスを見返した。


その眼差しが、エリオットのものではない気がして、グレイスは警戒した。


エリオットはグレイスの口元に手を伸ばし、その口唇をなぞるように触れる。


するとグレイスはある異変に気づく。

グレイスが魔力を流し入れているエリオットと繋いでいる手から、グレイスの魔力が押し出されるような感覚に陥った。

そして今度はエリオットの中から、何か黒い魔力がグレイスに向かって流れ込もうとしている。


「っっ!」


その瞬間、エリオットが突然立ち上がり、グレイスと距離をとった。


「くっ·····」


そしてエリオットは身体の中の何かを抑えるように、自身を掻き抱く様にしながら、その場に膝をついた。


「エリオット様!」


グレイスはエリオットの所に駆け寄る。


「くそっ、今度は魂を憑依させる魔法を使ってくるとは·····。」

「魔族が取り憑いていたのですか?」

「ああ、驚かせてしまったな。身体を、精神を乗っ取ろうとしてきたが、私は大丈夫だ。起こしてすまない。もう休んでくれ。」


エリオットはそう言ってグレイスを遠ざけようとする。


「今感じた魔族は排除出来たのですか?」

「排除する。大丈夫だからグレイスは休んでくれ。」

「私がお役に立てることはありませんか?」

「·····大丈夫だ。」

「·····先ほどよりも、もっと多くの私の魔力を流せば排除出来るのではありませんか?」

「そうだが、グレイスに負担がかかる。·····君が望まない方法を取らねばならない。」

「望まない方法?」

「·····身体を重ねる事だ。君が望んでいないことを強要するつもりはない。いいから、出ていってくれ。今夜は離れて休もう。」


そう言ってエリオットは背を向け、部屋を出ていこうとする。


ここに来てから、毎日エリオットは魔族から何かしらの干渉を受けているようだった。

魔族も、望まない支配から何とか逃れる術を模索しているのだろう。

エリオットの身体は明らかにダメージを負っている様だ。

魔族は自分達も危険に晒されるが、エリオットが今は魔族を殺さないと見込んで、エリオットを衰弱させ、精神を乗っ取ろうとしてきているのだろう。


魔族は私がエリオット様の傍に居る事を知っている。

おそらく、ルノール王国の古城で私と対面した時、エリオット様にとって私がどんな存在か理解したのだろう。

血の契約をしている魔族を殺してしまえば、私がエリオット様と交渉する必要が無くなり、逃げ出すと思っている。

そうならない為に、エリオット様が魔族を生かしていると確信している。


しかし、エリオット様の精神が乗っ取られてしまったら、それこそ世界の破壊が加速するだろう。

未だ眠る魔族達も、エリオット様を操って目覚めさせるかもしれない。

それに対抗するには、いくらロシェルが魔族に有効な聖属性の魔法が使えるとは言え、今の人間では力不足だ。


それならば、今私に出来る事は······エリオット様が魔族に精神を乗っ取られない様にする事。

そしてエリオット様が血の契約を用いて魔族を殺しても、私がエリオット様の元を去らないと信じてもらわねばならない。


「エリオット様、お待ち下さい!」


グレイスの呼び掛けにエリオットは足を止める。


「私と今夜、共にお過ごし下さい。」

「グレイス·····今の私は危険だ。君を襲ってしまうかもしれない。どういう意味か分かるね?」

「·····承知しております。」

「っっ·····君が犠牲的精神で私に抱かれるのは本意ではない。君が苦痛な想いをして私を受け入れるなど望んではいないし、そんな君を見たくない。私を愛していない事は分かっている。」


エリオットは苦しげに、吐き捨てるようにそうグレイスに言った。


「······ただ傍に居る·····それだけで私は満足だ。私の最期を看取ってくれればいい。ああは言っていたが、本当に君を連れてあの世に逝くつもりはない。」



ああ、この方は·····本当に不器用な人だ。

ずっと変わらず、私だけを愛してくれる人。

その想いの強さが私は怖かった。

深すぎる愛情は時に凶器に変わる。

幼い頃はそれを身をもって経験したし、嫉妬に駆られ、いつか八つ裂きにされるのではないかと、エリオット様に対して恐怖を感じる様になった。

エリオット様の本来の優しさを私は見ようとしてこなかったのかもしれない。

私の意思など全て無視して、想いのままに行動する事も出来るでしょうに。


そう思えば、グレイスの中に、義務ではない、エリオットに対する愛しさが込み上げてきた。



ロシェルごめんなさい。

未だにリーヴァに預けていた離婚届が成立したという魔法信号を感知していない。

あなたは私を待ってくれているのでしょう。

でも、あなたは私に縛られて欲しくない。

私から離れて、あなたの本当の幸せを見つけて欲しい。


ロシェル、さようなら。

あなたから離れる私を許して欲しい。



グレイスはエリオットの元に駆け寄り、その背を抱き締めた。


「エリオット様······せっかく私を拐ったのに離れて過ごすのですか?」

「·····グレイスそれは·····すまない、今の私は危険だ。」


エリオットは未だグレイスに背を向けたまま、そう応えた。


「·····愛しています。私はあなたを愛しています。」


エリオットの背が震える。


「信じて下さい。·····今夜私を愛してくれませんか?」


エリオットはゆっくりグレイスに向き直る。


「嘘だ·····。」

「ならば今夜分かって頂くしかありませんね。」


グレイスはそう言って微笑んだ。


エリオットの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。

もし宜しければ、暇潰しに、現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~

https://ncode.syosetu.com/n0868hi/

も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。

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