4 ダリウスの告白
「お久しぶりね、グレイス。元気にしていましたか?」
現国王の姉であるアリエスタ·ロドファン公爵夫人は、グレイスが最後に会った5年前に比べ少し痩せた様に見えた。
王宮の奥向きを一手に引き受ける事になり、また王太子妃として迎える予定だったソフィアがアーレンと婚約破棄した事が、精神的にも負担になっている様だった。
「はい、アリエスタ様もお変わりなく。この度はこの様にお誘い下さり、有難うございます。」
「いいえ、感謝するのは私の方よ。突然の声掛けに応じてくれて。あなたに話したい事が沢山あるのだけど、まずルダリスタン帝国にいるリーヴァは元気にしているかしら?」
リーヴァとはルダリスタン帝国第3皇子で、その母は、このフェアノーレ王国の王女で国王とアリエスタの妹にあたる。
フェアノーレ王国は小国だ。
王女とは言え、ルダリスタン帝国では側妃の1人だった。
リーヴァの母は、美しい容姿で、皇帝にも寵愛されたが、小柄で身体が強くなかった為、リーヴァを産んで間も無く亡くなってしまった。
母親を失ったリーヴァは、王宮での肩身も狭く、命も狙われる事があった為、ルダリスタン帝国でも公爵の爵位を持つタンドゥーラ家が後ろ楯となり、皇子を公爵家で預かっていた。
5年前、グレイスはルダリスタン帝国に留学した事をきっかけに、皇子共に公爵家で過ごしていた。
リーヴァはグレイスの3歳年下で、今では弟のような存在である。
アリエスタにリーヴァの事を報告すると、亡き妹を思ってか涙していた。
「あちらで命を狙われる位なら、フェアノーレに来てもらってもいいのだけど。」
「アリエスタ様、確かにこちらにいらした方が、アリエスタ様もいらっしゃいますし、殿下のお心も幾分安らぐかと存じますが、フェアノーレの王家の血を引いていらっしゃる分、周りには要らぬ憶測を生む可能性があります。」
「私はそれでいいのだけど····。」
「え?」
「アーレンは····あの子は王位を継ぐ器ではないわ。このままだと国が滅ぶかもしれないわね。それなら、まだ正統な血を引くリーヴァが国王になった方がいいかもしれないわ。」
「アリエスタ様、ここは王宮です。その様なお言葉、何処で漏れるか····。」
「ソフィアから見限られる様な子よ。皆そう思っているのではないかしら?リーヴァが駄目なら····」
そう言って、アリエスタはグレイスを見つめる。
王子はもう1人いる·····幽閉されているが····。
さすがにグレイスの手前、アリエスタはその事を口にする事はなかったが、アリエスタの思惑をグレイスに伝えるには充分だった。
「それはそうと、本題は私の夫の事よ。手紙に書いていた通り、もう病は回復の見込みは無いそうなの。せめて最期は、領地で穏やかに夫婦で過ごしたいと思っているのよ。だからグレイス、あなたには申し訳ないけれど、新しい王太子妃が決まり落ち着くまで、あなたに王宮を取り仕切ってもらいたいの。王太子妃教育を僅か13歳で修得したあなただから頼める事よ。」
王族であるアリエスタからの頼みとなると、余程の事がない限り、断るのは難しい。
「父と相談致しまして、お返事させて頂きたく存じます。」
「ええ、是非前向きにお願いするわ。本当に国の危機なのよ。」
アリエスタの言うことが分かるだけに、グレイスも曖昧に微笑むしかなかった。
アーレンは本当にこの国の事が分かっているのかしら?
このままだと帝国に併合されるのも時間の問題かもしれない。
グレイスは再びアーレンに対する怒りを抱えながら、帰途についた。
◇
タンドゥーラの屋敷に帰ると、そこには見慣れない馬車が停まっていた。
貴族なら馬車に家の紋章があるが、見当たらない。
となると、お忍びだろうか·····。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま、モーリス。どなたかお客様?」
「はい、グレイス様にお客様です。既に二時ほどお待ちです。」
「そうなの?馬車に紋章はなかったわ。嫌な予感しかしないのだけど。」
「ご推察の通りかと。」
アリエスタ様とのお茶会で、大分神経を削られたのだけど·····。
イライラをぶつけてしまおうかしら。
グレイスはそのまま応接室へ向かう。
「ノーラ卿·····。お待たせしました。」
部屋に入り、待っていた人物を見て驚く。
そこにはダリウスが立ったまま、騎士の待機の姿勢でグレイスを待っていた。
確かに伺うと言っていたわ·····。
先触れもなく来られたとなると、アーレンの都合に合わせたのでしょうね。
「グレイス様、先触れもなく参りました事、申し訳ございません。王太子殿下は、公爵家の護衛の方を連れて、図書室に行かれております。」
え?アーレンも来ているの?
でもダリウスを応接室に残して、図書室にいるという事は、私達を2人だけにしたかったのでしょうね。
「モーリス、私が戻った事をアーレンに伝えて。」
「はい、お伝えしましたが、もう少し図書室にいるからと申されまして。」
イラッ
「何しに来たのかしら?どうせ私がアリエスタ様の所に行っていた事を知っていたでしょうに。話すなら王宮でも良かったのではないかしら。ダリウスも振り回されて大変ですわね。」
「いえ。」
「とにかく、お座りになって。」
「では、失礼します。」
そう言って、ダリウスは席に座る。
「まあ、アーレンがそんな態度をとるという事は、私に話があるのは貴方なのですね?」
「はい。先日、王宮でお話させて頂いた件ですが、グレイス様と立ち並ぶに相応しい地位について、ご説明させて頂こうかと思い。」
そこまで言うと、ダリウスは部屋に控えているモーリスに目をやる。
「ダリウス、申し訳ないけれど、私はどんな事もお父様に報告するつもりよ。私が見聞きした事は、このモーリスを通じてお父様に報告がいくことになるの。だからこのままお話を伺いたいわ。」
「····分かりました。では、3年間でどの様にして地位を得るかですが、エルディア王国の活火山付近で古竜が出現したのをご存知ですか?」
「ええ、聞いているわ。」
「このフェアノーレ王国から、この私が討伐隊に参加しようと思っています。」
「あなたが?」
「はい。」
隣国ルノール王国を挟んで向こうの国、エルディア王国が所有する小さな島に古竜が出現したのは1年前の事。
古竜は古代絶滅したと言われていた生き物で、その存在は災悪と言われている。
古竜は、まだ眠りから覚めたばかりという事もあり、さした被害をもたらしてはいないが、古文書の通りだと、活動が活発化するとその力は、軽く国を滅ぼす程だと言われている。
その為エルディア王国を中心に討伐隊を結成している。
今のところ討伐は成し得ておらず、新たな志願者を募っていると聞いている。
その討伐隊にダリウスが·······。
「その討伐隊に参加し、如何なさるのですか?」
「無事古竜を倒し、『勇者』の称号を手にします。」
『勇者』の称号は、多大な功績を残した者に贈られる、国を問わず得られる爵位の1つだ。
どの国でも国王に次ぐ公爵と同じ高位に扱われる。
過去にも数人しか、その称号を手にしていない。
「まさかそれが、私と並び立つに相応しい資格だと?」
「はい。」
「命を失うかもしれなくてよ。アーレンが婚姻する条件の為に、貴方の命を犠牲にする必要はないわ。」
「王太子殿下の為だけではありません。私が貴方を得る為です。」
「·····何て事を言うの、ダリウス。貴方は私の事を愛している訳ではないでしょう?そんな事を言ったら、それを成し得た時に、本当に私を娶らなくてはいけなくなるのよ。古竜を倒すことが貴方の使命で、貴方の功績として残したいのなら止めません。でも、それなら尚更、事が成就した時に、娶りたい相手を選んでもいいのではなくて?それだけの功績を残したのなら、私を娶らなくても、我がタンドゥーラ家が後ろ楯になる事は難しくないでしょう。」
「私はグレイス様が欲しいのですが。信じて頂けないでしょうか?」
「·····そうね、ごめんなさい。昔から知っているだけに····。」
ダリウスは目を閉じ、思案顔をする。
「何を話せばいいでしょうか?·····元王太子殿下が貴方を道連れに死のうとされた時、貴方はそれを受け入れようとしましたよね?」
突然切り出された過去に、グレイスは困惑する。
確かに元王太子は、共に自害する為、私を抱き締めたまま剣を突き刺そうとしていた。
その場に駆けつけたダリウス達は、確かにその様子を見ていた。
「貴方のあの時の慈愛に充ちた微笑みが忘れられないのです。貴方は何時も自身の事よりも他人を思いやり、寄り添おうとされる方だ。13歳とまだ幼い年齢ながら貴方が見せたその姿に、私は心を奪われたのです。·····結局元王太子殿下が、その剣を収め、事なきを得ました。そして、殿下が幽閉され、貴方はこの国を去った。あの時から、貴方にずっと会いたかったのです。この気持ちが何なのか知ったのは、貴方が帰国されたと聞いてから。この国に戻った事を他の貴族が知ったなら、きっと貴方を得ようと、皆、動き出すでしょう。ですから、アーレン王太子殿下のご提案に乗ったのです。どうか私の気持ちを分かって頂きたい。」
ダリウスのその真摯な言葉に、心が打たれないはずもなく、グレイスが決断するのには充分だった。
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また連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
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