3 従者たちの心配事
「お嬢様。」
「·····。」
「お嬢様。」
「え?ハル、何か言った?」
「はい、何度かお呼び致しましたが、窓の外遠くを見つめていらっしゃるばかりで····。王宮で何かございましたか?」
「そうね····。」
「こちらにお越しになる前は、随分お怒りでいらっしゃったようですが今は何というか····。先ほど馬車廻しまでエスコートされて来られたのは、ダリウス·ノーラ卿でございますよね?変わらず素敵なお方でしたが、お会い出来て、嬉しかったのではありませんか?」
長年グレイス専属を務めている侍女のハルは、グレイスの何処か物憂げな様子を見て心配になり、声をかける。
王宮では、王族の安全を鑑みて、屋敷から連れてきた侍女や従者は、入口近くの部屋で待機させられる。
そのためグレイスが王宮内でどういった状況だったか知ることは出来ない。
「ああ、ノーラ卿のあまりの素敵さに恋心が再燃されたんでしょう。」
そう口を挟むのは、こちらもグレイスが幼い頃からの専属の従者兼護衛を務めている、同じ歳のタッカだ。
2人ともタンドゥーラ公爵家が運営している孤児院出身で、グレイスに忠誠を誓う、特に信頼している者達だ。
そして兄姉のように育った為、気心がしれた仲でもある。
「それがね·····。ダリウスにプロポーズされたの。アーレンのおまけ付きで。」
「「は?」」
予想外の話に2人とも目が点になる。
「えっと···王太子殿下をおまけ呼ばわりされるのはよく分かりませんが、いきなりですか?5年ぶりですよね?5年もの間に手紙でも何でも交流ありましたっけ?あっ、久しぶりにグレイス様をご覧になって、思わずその美しさに感動して、求婚してしまったとかですか?」
タッカは驚きを隠しきれず、矢継ぎ早に質問する。
ハルも怪訝な表情を崩さない。
「アーレンがソフィア様と婚約解消したのは知ってるわよね?どうやら妃として娶りたい方が別にいるそうなの。で、陛下は当然反対。ただ、もし私がアーレンの妃になるなら、その方との婚姻も認めるとおっしゃったそうなの。」
「ああ、嫌な役割を押し付けられそうですね。それで何故ノーラ卿にプロポーズされるのですか?」
「ふぅ····。私がそんな話を断る事を予想して、アーレンはある契約を持ちかけたの。3年後白い結婚を理由に離婚するから、それまで支えて欲しいと。それで離婚の際、ダリウスに降嫁させるつもりですって。」
「「はぁ?」」
グレイスの話を聞く2人に青筋が立つ。
「そんな傷をつけられて、利用されるだけの話に私が乗るはずもないでしょう?早々席を立ったのだけど、ダリウスが追ってきてね。アーレンの妃になるなら、その3年間、私が誰のものにもならない。ダリウスはその間に私に相応しい地位を手に入れるからその時に結婚して欲しいと。」
「うわ~。」
「普通なら一蹴するところですが、グレイス様のそのご様子ですと、悩んでいらっしゃるのですか?」
「いえ、悲しいの。ダリウスは私がアーレン達の遊び相手として王宮へ上がった時から知っているけれど、あんな····よく話す人だったかしらと思って。まるで予めそのセリフを準備してたかのようだったわ。」
「やはり王太子殿下がそう言うように差し向けたのでしょうね。」
「馬車に乗る前に、グレイス様の指先に唇を寄せてましたよね?そしてあの意味ありげな笑み。今まで私達が知っているノーラ卿ではなかったのは確かですね。5年もの間に何があったのか·····。」
「でも、その色気にあてられたんですよね?」
タッカがそう言うと、グレイスの顔はたちまち真っ赤になる。
「えぇ~。」
グレイスのその様子を見て、2人は頭を抱える。
「不幸になりますって。利用されるだけですって。」
「はい、私もあまりいい結果にはならないかと。」
「それに万が一、ノーラ卿好みの心惹かれる女性が現れたらどうするんですか?ノーラ卿の愛人の存在とかグレイス様は耐えられますか?」
タッカがそう言うと、グレイスは傷ついた様に悲しい表情を見せる。
「そうよね。やっぱりダリウスは私の事を愛してはいないわよね。」
「····グレイス様。」
「グレイス様は俺達に客観的な意見を求めているんですよね?だったらはっきり言わせてもらいます。5年前のノーラ卿を知っている我々からすれば、彼が心からグレイス様を愛しているとは信じられません。王太子殿下とどこぞの女が結婚する為の道具にされているだけです。」
「そうよね·····。」
「っっ!グレイス様にそんな顔をさせるなんて····。」
「グレイス様····ただ私もタッカも、グレイス様がどんなご決断をされようとも、一生お側を離れませんから。」
「ええ、そうですよ。」
ハルの言葉を受けて、タッカも力強く頷く。
信頼する2人からの強い想いを受けて、グレイスは心が安らいでいくのが分かった。
◇
馬車は王都のタンドゥーラ公爵家の屋敷にたどり着くと、家令のモーリスがグレイスを出迎える。
グレイスの表情を見て、モーリスは眉根を寄せる。
「お帰りなさいませ、グレイス様。王宮で何かございましたか?」
「ただいまモーリス。その通り、アーレンに面倒事を押し付けられそうになったわ。」
「左様でございますか。ではその話は後程。実はお帰り早々、ご確認頂きたい事がございまして。」
「何かあったの?」
「はい、アリエスタ·ロドファン公爵夫人から至急のお手紙が届いております。そちらをご確認頂きたく。」
「え?アリエスタ様が?直ぐ確認するわ。」
グレイスは直ぐ様居室に移動し、着替えの前に手紙を確認する。
アリエスタ·ロドファン公爵夫人、現国王陛下の実の姉にあたるお方。
5年前起こった悲劇により、王妃と側妃を失った王家は、その後、国王が公娼を1人持っただけで、妃を迎える事はなかった。
その為、王家の奥向きの事や、本来王妃が行う公務を、この王姉であるアリエスタが行っていた。
その王姉からグレイスに直接手紙となると、やはりアーレン絡みの事が予想される。
グレイスは心の中で溜め息をつきながら、手紙を開いた。
「手紙には何と?」
手紙を読んで眉を寄せるグレイスを見て、モーリスは問いかける。
「アリエスタ様の夫である公爵様が体調を崩されている話は知っているわよね?」
「はい。」
「もう、なかなか回復は難しいそうなの。すでに公務は控えられているのだけど、この機に領地に戻り、ゆっくり余生を送らせたいと。当然アリエスタ様も公爵様について行かれるから、私にアリエスタ様の代わりに王宮で公務にあたってもらえないか、という内容よ。」
「それはまた····。」
「私に直接手紙を送られたということは、1度は父に断られたのでしょうね。取り敢えず詳しい話は王宮でと書いてあるから、また王城に伺わないといけないわ。」
「承知しました。」
「本来であれば、ソフィア様がされたのでしょうけど····。フェアノーレ王国の先行きが不安だわ。」
「グレイス様が王家と関わらないという密約は?」
「分かっていて、それでも私に声を掛けざるを得ない状態なのでしょうね。」
王宮への呼び出しは3日後。
グレイスのフェアノーレ王国での多忙な日々の始まりだった。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も宜しくお願いします。