26 聖女の子供
不定期投稿です。
宜しくお願いします。
目の前には11基の墓が立ち並ぶ。
あの時は、ただ埋めただけだったが、今はそれぞれに魔石を埋めこまれた黒曜石の墓石が置かれ、名が彫られている。
周りには結界が張られ、墓を守っている。
グレイスは詠唱する。
すると魔法が発動し、周りには一面花畑に変化した。
先日、グレイスは立ち会う事はできなかったが、亡くなった者達で家族がいた者はその家族が、いない者達にも、その死を悼んで、先にルダリスタンの屋敷に行っていた者達や、最後までノーラ公爵領に残って引き継ぎを行っていた家令のゾットがここを訪れ祈りを捧げていた。
ゾットやギルスにはグレイスの生存が伝えられており、いつかグレイスの元に戻ることを希望している旨が伝えられた。
グレイスは地に座り、墓を眺めながら心の中で呼び掛ける。
『アグリスおはよう。起きて。』
すると身体の底から、熱が沸き上がってくる。
【グレイスいかがした。戦闘中以外で呼び掛けるのは珍しいな。】
『声が聞きたくなったの。』
【····そうか。怒っているのか?嘆いているのか?失望しているのか?】
『ふふ、凄いわ。全部当たってる。』
【我はそなたの中に居るからといって、全てが分かっている訳ではない。話したいことがあるのだろう?話すがよい。』
『·····聖女が妊娠したそうよ。』
【ああ、お前を襲わせた女か?身体の再生の魔法を使えるだけで、聖女呼ばわりされている性悪女。】
『ふふ、凄い言われようね。でもその通りだわ。』
【その女が妊娠したのか?それがどうした?】
『相手はね、私の元夫なの。彼は私と離婚して、彼女を選んで結婚する予定だったから、いづれはそうなる事は分かっていたんだけど····。どうやら、私が襲撃され、皆が殺され、私が行方不明になったと騒ぎになっている最中に、聖女とそういう行為をしていたらしいのよ。』
【つまり、グレイスが大変な目に会っていると分かっているのに、聖女とイチャイチャしていたという事か?】
『アグリスって、意外と俗な話し方をするのね。』
【その方がいいだろう?我も学んでいる。】
『ふふふ。ではついでに、『我』じゃなくて『俺』って言うように変えて。』
【 俺 】
『ふふふ、有難う。』
【·····何故泣く?グレイス。】
『そうね、私は勘違いしていたから。ダリウスは聖女に求められて、仕方なく私の元を去ったと思っていたの。気持ちはきっと私にある、離れても、彼は私を愛していると思っていたの。だから変な言い方だけど、私のプライドは守られていた。でもね、私がボロボロになって、大切なものを失い、苦しんでいるのが分かっている時に、平気で私を絶望に追い込んだ女を抱いているのよ。快楽に身を任せていたの。こんなに頭にきて、悲しくて、失望することはないわ。』
【あの男·····俺を倒して勇者の称号を手にしながら、頭は空っぽの奴だったか。確かに、これは悔しいな、腹立たしいな。】
『アグリス·····私を抱き締めて。』
【·····俺でなくても、お前を抱き締めたいと思う者は多い。そ奴らに抱き締めてもらえ。】
『公爵令嬢を堂々と抱き締めてくれる人は、そう傍にはいないものよ。』
【俺なら気兼ねなくか?】
『そうなの。』
【グレイス、俺がそなたを抱き締めるとはどうすることか分かっているのか?】
『ええ、だからやってみましょう?』
【そうか。騒ぎ出す輩が多そうだが。まあいいか。やり方は知っているのか?】
『昔読んだ古文書で。試してもいい?』
【古文書を読めるのか?そうだった、俺をあの男から古代の魔法で引き剥がしたんだった。】
グレイスは目を閉じ、静かに詠唱を始める。
グレイスの座る真下に魔法陣が展開する。銀色に混じっている黒光りする粒子の1部が空中に集まり、やがて形を成していく。
黒い粒子の塊は動物の姿を形づくっていく。
現れたのは黒い毛の長い狼だった。
【やあグレイス。】
その目は赤く、光を帯びている様だった。
【抱き締められないが、抱き締めさせてやる。】
グレイスはゆっくり手を伸ばし、その身体に触れる。
『体温がある。』
【魔力の熱だな。】
『抱き締めていい?』
【勿論だ。····おいで、グレイス。】
グレイスは黒狼となったアグリスを抱き締める。
『アグリス····昔タッカが、大型犬を抱き締めると落ち着くって言っていたの。本当ね、癒されるわ。』
【小さい竜よりいいかと思って、この姿にしたが、正解だったな。】
そう言ってアグリスは、尻尾でグレイスを包むようにしながら、暖めてくれた。
◇◇◇
「間も無くですな。」
この所、神官長はご機嫌だった。
グレイス襲撃に聖騎士が関わっていたらしいという話は、ピンバッジが無くなっていた事で、人物が特定出来ず、処分は保留になっていた。
実際2名所在不明の聖騎士がいたが、聖女の依頼を遂行すべく、王都を離れているという事になっており、神殿側としては誤魔化している形だ。
そうは言っても、疑いを払拭出来るはずもなく、神殿も聖女も聖騎士も、厳しい目を向けられていた。
そんな時に知らされた聖女の妊娠。
結婚式前という事や、グレイスが行方不明という状況下でそういう行為に及んでいた事が明るみになった事で、貴族の中では、特に俺に対する評判は地に落ちた。
元々聖女の我が儘で、グレイスと泣く泣く別れなければならなくなった、と思われていた節もあったが、今回の事でそれは一切無くなった。
グレイスとの結婚の美談も全て消えた。
グレイスを結局愛していなかったと判断された。
そう思われていても仕方ない。
そしてフィーネは情緒不安定のまま臨月を迎えた。
妊娠を知った時は、本当に幸せそうだった。
しかし腹の中の子の生育に魔力を使っているからか、他の者と同じ程度の治癒魔法は使えたが、身体を再生出来る程の魔法は使えなくなっていた。
それでも神殿側は、勇者と聖女の子が生まれる事に過大な期待をしていた。
まあ、俺とフィーネの肩書きだけ聞けば、子も凄い能力を持って生まれると思われても仕方がない。
フィーネが子を生む事により、落ちた信頼を取り戻そうとしていた。
そして今日、フィーネは産気づいた。
赤子が無事に生まれる様に、複数人の治癒の出来る魔導師が集められ、交代しながらフィーネの出産を見守った。
そして······
フィーネのいきむ声に合わせて、赤子の鳴き声が響き渡った。
「おお、神よ!なんて元気な声なのだろう!」
神官長は喜び叫んでいる。
俺もほっとしていた。
赤子が生まれれば、フィーネから解放されるような気がしたからだ。
しかし、次の瞬間·····
「きやああああああ····!」
フィーネの絶叫が響いた。
「どうした?!」
扉を開け、中に駆け込む。
フィーネは両手で顔を覆い、震えていた。
「フィーネ、どうした?!」
ベッドに駆け寄ると、フィーネは俺に抱きつき、赤子を抱えている女性神官を指差す。
子に何かあったのか?
女性神官も困惑した表情で、俺を見つめる。
フィーネを宥め、赤子の傍に近寄る。
タオルで拭われたばかりの様相だった。
これは····。
髪の色は黒髪だった。
俺の色でも、フィーネの色でもなかった。
2人の色でないので、叫んだのか?
しかし次の瞬間、フィーネが叫んだ理由が分かった。
赤子はまだ目が見えてないのだろう。
光を眩しそうにしている。
その目の色は······美しい赤色だった。
赤い目····。
古代、魔族が持つ瞳の色。
魔族が滅ぼされた後も、赤い目を持って生まれた子供は、魔族の血を引いているとして恐れられ、命を奪われていた。
しかしある魔導師が、闇の属性の魔力を持つ者の瞳は赤くなると結論づけた事で、虐げられる事はなくなるはずだった。
しかし昔からの言い伝えが、そう簡単に抜けるはずもなく、未だ根強く信じられていた。
「フィーネ様、赤い目は悪いものではありません。」
赤子を抱く女性神官が、そうフィーネを諭すも、フィーネは聞く耳を持たなかった。
「呪いよ!呪われているのよ!あの子から邪悪なものを感じるの。グレイス様よ!グレイス様が呪ったのよ!早くその子を処分して!早く!」
フィーネは怯え、叫び続ける。
神官長に促され、女性神官は赤子を連れて、部屋を出ていった。
泣き叫ぶフィーネをダリウスは抑え、マルスが魔法をかけ、フィーネを眠らせた。
「不味いですね。」
マルスは顔をしかめる。
「出産の状況を確認するため、王宮から人が派遣されていました。その者達が陛下にこの状況を報告するでしょう。フィーネの産んだ赤子の目が赤い事を知られてしまう。」
「目が赤い事は悪い事ではないと聞いているが。」
「表向きは。しかし良くないものと、未だに恐れられているのをご存知でしょう?それに····。」
「何だ?」
「見たところ、色はお二人に似ていない。少なくとも、ダリウス様の子ではないと疑われる。」
「そんなこと····。隔世遺伝だと言えばいいだろう?それよりも、グレイスの呪いと叫んでいたことの方が問題があると思うが?」
結局、この事は公になり、赤子が赤い目を持って生まれてきたのは、グレイスの呪いだとフィーネが言ったことで、子供は神殿にて幽閉されることになった。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、本編完結済の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。