18 襲撃
不定期投稿です。
残酷な描写があります。ご注意下さい。
「どうしてダリウス様に竜の血の呪いの事をお話にならなかったんですか?」
王都を出てから暫くして、ハルは苦し気な表情を浮かべながら、グレイスに問い掛ける。
「もしお告げになっていたら、ダリウス様はグレイス様の元へお戻りになっていたでしょうに。」
「·····ダリウスが負い目を感じないか心配で。それを伝えたら、どんなに愛の言葉を囁いてくれたとしても、本当に私という個人を見て言ってくれているか分からなくなるもの。私は何のしがらみのないダリウスの本音を聞きたかったのよ。」
「グレイス様·····。」
「言わなくても戻って来てくれると思っていたわ。ただの自惚れで、勘違いだったけれど。」
そこまで言うと、ハルはもう何も言わなくなった。
アーレンもこの事については、何度もダリウスに話す事を進めていた。
しかしグレイスの望みでそうしなかった。
こうしてグレイスは王都を離れ、ルダリスタン帝国の中でタンドゥーラ公爵家が所有する別邸へと向かっていた。
「間も無くヴァーバルの森に入りますね。木が鬱蒼としていて、昼間なのに暗いなんて。」
馬車の前方には、ヴァーバルという名の深い森が広がっていた。
ルダリスタン帝国とフェアノーレ王国の間に位置しており、この森の道は、昔大魔導師が魔法の力によって作ったと言われている。
それを裏付ける様に、道以外の場所は、地表が森の木の太い根で覆われており、その根は決して道にかかることはない為、道の状態が悪くなることはなかった。
稀に魔獣に遭遇する為、通行するには護衛が欠かせない。
大魔法が使えなくなっているグレイスは、念のため8名程の護衛を連れていた。
「向こうでギルスが待ちわびているでしょうから、この道を使って早めに行かなくては。」
王都のダリウスの屋敷を退いたギルスをはじめとする使用人達は、グレイスが移り住む屋敷に先に向かって、屋敷を整えていた。
森に入ってから、どの位経っただろうか。
護衛として、馬に乗り、馬車近くを走るタッカが、外から合図してきた。
ハルは馬車の窓を開ける。
「タッカ、どうしたの?」
「後ろから矢が放たれました。おそらく野盗かと。後方の護衛が応戦しています。このまま速度を落とさず、馬車を走らせます。」
「分かったわ、気をつけて。」
タッカはそう言うと、後方へ下がっていく。
「騎士が守る馬車を襲うなんて、どういう命知らずでしょうか?」
「自分達の腕に自信があるか、私を狙った刺客でしょうね。」
「刺客?!」
ハルはそれを聞き青ざめる。
「タッカや他の騎士達も強いから大丈夫よ。」
グレイスはそう言い、ハルを落ち着かせる。
そのまま馬車は暫く走り続けた。
「グレイス様、後ろをかなり引き離した様です。」
ハルが馬車の隠し窓から後方を確認する。
「こちらには護衛が2人ついて走っています。タッカは後方の野盗と交戦中です。敵の人数が····多いです。」
「そう。」
ただの野盗ならば、公爵令嬢を襲ったりはしない。
専属の騎士に守られるような貴族に手を出せば、報復される。
そこまでの危険を冒さない。
ならばグレイスの命を狙ってのことだろう。
国を出ていくというのに、わざわざ命まで奪おうとするとは。
いや、人質かもしれない。
タンドゥーラ公爵家を貶めようとする他国の可能性がある。
厄介だわ·····。
その時だった。
「ヒヒヒーン!!」
馬の激しい鳴き声と共に、馬車が大きく揺れる。
前を覗く隠れ窓から見ると、馬車を引く2頭の馬の内1頭が速度を上げ、更に走りは乱れていた。
その馬には矢が刺さっていた。
ヒュン·····グサッ······うっっ
飛んできた矢が御者の脇腹に刺さる。
「ジルっ!!」
御者は長年タンドゥーラ家に仕える者の1人だ。
ジルは矢に刺されながらも、馬車の車体を維持しようと懸命に手綱を握る。
ヒュン、ヒュン····グサッ、グサッ
しかし尚も矢は御者目掛けて放たれ、更に2本の矢がジルに刺さり、とうとう手綱を持つ手が緩んだ。
その瞬間馬車は道を外れ、大きく揺れる。
目の前には巨木が迫る。
身体を倒しかけながらも最後の力を振り絞り、ジルは衝突を回避する為、手に力を込め手綱を引く。
馬車は衝突を避けることが出来たが、急に方向が変わった為横転した。
ジルは放り出され、地面に激突した。
馬は馬車と繋ぐ轅が破損し、そのまま走り去って行った。
馬車の扉が開けられ、中からグレイスとハルが這い出る。
「グレイス様、大丈夫ですか?グレイス様が魔法で守って下さったお陰で私は無傷です。」
ハルはグレイスの身体を支えながら、グレイスに怪我がないか確認する。
「良かったわ、ハル····ゴホッ··グフッ」
「グレイス様っ!!」
グレイスは血を吐く。
「やはり魔法を使われたので、竜の呪いが身体で暴れて····ああ、グレイス様····。」
「はぁはぁ····大丈夫よ。ジルは····。」
ハルは倒れているジルに駆け寄るが、こちらを振り向き首を振る。
「ああ、ジル·····。他の騎士は?」
2人が馬に乗り並走していた筈だ。
横転した馬車には矢が複数刺さっている。
矢に殺られたか····。
「グレイス様!あちらで交戦している様です。」
ハルが指差す方向を見ると1人の騎士は倒れ、もう1人は肩に矢を受けながらも戦っていた。
ハルがこちらに走って戻ってくる。
異常を察知したからだ。
護衛騎士が戦っていたのは2人。
その2人は····聖騎士だった。
聖騎士がどうして?
刺客は他国の者ではないの?
まさか、聖女が?
何故?
ダリウスと離婚してあげたじゃない····。
聖騎士がグレイス達を襲撃する理由が分からず混乱する。
「グレイス様、早く逃げましょう。森に隠れましょう!」
ハルはグレイスを抱えるようにして立ち上がらせ、森の奥へと連れて行こうとする。
振り返ると、護衛騎士は倒されていた。
そして聖騎士2人はグレイス達に気が付き、こちらに近付いて来る。
「駄目、追い付かれるわ。ハルは逃げなさい。隠れて、生き延びなさい。この事を父上と兄上達に報告して。」
「グレイス様をおいて行けません。あの古木に隠れましょう。古木には魔力があります。グレイス様の身体を癒してくれます。さあ····ぐっっ!」
「ハル?」
ハルが倒れる。
その背中には矢が刺さっていた。
「ハルっ!!」
矢を抜き、グレイスは詠唱し、魔法を展開する。
傷口は魔法の光に覆われ止血が始まる。
「グレイス様駄目で···す。体内の魔力が減れば、また竜の呪いがお身体を傷つけます。」
「嫌よ、ハル。····逃げきるわよ。もうすぐタッカが来てくれる···グフッ。」
グレイスは再び吐血する。
「逃げるのは無駄だ。大人しくした方がいい。」
すぐ後ろで声がした。
そこには見覚えのある聖騎士2人がいた。
確か聖女の幼馴染みと言っていた者達····。
「何故聖騎士が私を襲うのですか?それも随分人を雇ったみたいね。」
「ああ、腕の立つ奴らだと聞いていたんだが、20人で6人の騎士にやられるなんて。まあ、騎士も全滅だろうが。」
「全滅?」
タッカ·····みんな·····。
「あなた達もここで死んでもらいます。」
聖騎士はそう言って剣を振り上げる。
「やめてっっ!!」
ハルが騎士の剣を持つ手にしがみつき、動きを封じようとする。
「ハルっ!!」
それを見たもう1人の聖騎士がハルの身体に剣を突き刺した。
「ハルっ!!あああ!」
刺した剣から剥がすように、聖騎士はハルの身体を足で蹴り倒す。
グレイスはハルに駆け寄る。
「····どうして····こんなこと····。」
「あなたの存在が邪魔なのです。折角フィーネはノーラ公爵と一緒になれるのに、公爵はあなたに心残りがある様だ。フィーネは心配している。あなたが生きている限り、フィーネに安らぎは訪れない。」
「だから、こんな手の込んだ事を?聖女さえ良ければ、他の人間の命は関係ないの?」
「みんな幸せなんて無理なんですよ。あなたも知っているでしょう?」
聖騎士はグレイスをバカにしたように鼻で笑った。
「長話をするつもりはないので、そろそろ死んでもらいましょう。」
聖騎士はそう言って、再び剣をグレイス目掛けて振り上げた。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、本編完結しました「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。