15 帰らないダリウス
不定期投稿です。
聖女フィーネが勇者ダリウスの手足を元通りに再生させたという話は、瞬く間に国中に広がった。
それと同時に、聖女は勇者に恋をし、報われずとも愛する勇者の幸せの為に、命をかけて治したという話まで広がっていった。
以前パーティーで執拗にダリウスに絡むフィーネを知っている貴族達は、あまり反応しなかったが、1部の子爵、男爵クラスの貴族や平民達は、聖女フィーネの健気さに心打たれ、勇者ダリウスとの恋の成就を願う者達まで出てきた。
「ダリウスにまだ会っていない?」
あれから10日程が過ぎ、グレイスは毎日王宮に通うも、聖女にもダリウスにも会うことが出来なかった。
そのうち、グレイスはダリウスと何としても連絡を取りたいと思い、手紙を書くことにした。
聖騎士に預け、翌日には聖騎士からダリウスの返信の手紙を受け取る事が出来たが、そこには『聖女様の容態が芳しくないから、傍にいることにする。』と言った内容ばかりだった。
王宮に上がった際、詳細を確認する為、アーレンに謁見の申し出をした。
「グレイスから謁見の申し込みなんて珍しいと思ったが、どういう事だ?あれから10日は経っているじゃないか?」
聖女が力を使ったとされる日、アーレンとマリアは国内の領地の視察に行っていた。
王都に戻って来たのは2日前だった。
「国王陛下はもうお会いになられましたか?」
「ああ、昨日。確かにダリウスの手足は再生していた。その時ダリウスは弱った聖女の傍に暫く居てやりたいと話していたが、あれからずっと王宮に?グレイスに会わずに?まずグレイスに見せるべきじゃないか?」
アーレンがそう言うと、グレイスは寂しげな笑みを浮かべる。
「聖女様がダリウスを放さないのでしょう。私が会いに行っても、聖騎士の皆様に阻まれます。陛下から頂いた騎士団での仕事も休んでいるのでしょうか?」
「それだが、ダリウスと同じように手や足を失った者達が、ダリウスの話を聞き付けてね。訓練を望む者以外にも騎士団に押しかけて来ている。自分達も国の為に失ったのだから、聖女に治してもらおうと。それで聖女も王宮から身動き出来なくなっているのは確かだ。」
「そうでしたか。では神殿にお戻りになるのはまだ難しいのですね。」
「しかし、ダリウスならグレイスに何としてでも会おうとすると思うが·····何かおかしいな。」
「手紙は渡しているのです。返信もあります。しかし、内容がいつも同じものばかり。ダリウス自身が拘束されているような事はないでしょうか?」
「そうだね····昨日の時点ではそういう雰囲気ではなかったが。近いうちに確認しよう。」
「有り難うございます。」
グレイスはアーレンに深々と頭を下げる。
「少し気になる事があるのだけど。」
グレイスが謁見室から出ようとしていた時、マリアが部屋に入ってきた。
「王国の月たる王妃陛下にご挨拶申し上げます。」
グレイスはマリアに礼の姿勢を取る。
「グレイス、いつもの口調で構わないわ。私もグレイスに話したい事があったのよ。」
「有り難うございます、マリア様。何かございましたか?」
「ダリウスの事だけれど、何かあったの?」
「ええ、ダリウスが聖女様に手足を再生された日から、1日も会わせてもらえませんわ。聖女様にお礼を申し上げようとも、聖騎士の方曰く、聖女様が私の事を嫌っておられる様で。ダリウスにさえ会わせてもらえませんわ。」
「聖女も聖騎士も何様のつもりかしら。」
「まあ、パーティーの時から私の事は拒絶していましたから。ダリウスの妻という立場の私に嫉妬しておられるのでしょう。」
「聖女はそうにしても、ダリウスは?なぜグレイスと会おうとしないの?」
「聖女様に傍にいて欲しいとせがまれて····ダリウスも体調が回復するまで、傍にいたいと手紙で言っていましたわ。」
「それなんだけど、聖女はとっくの昔に体調は回復しているのよ。」
「はい?」
「2日前、王都に戻ってきて、そのまま聖女の所に様子を見に行ったの。彼女部屋にいなかったわ。どこにいたと思う?庭園でダリウスと楽しそうに散歩していたわ。それも度々走ったりして。それで私が言ってやったのよ、『聖女様が倒れたと聞いて心配して来ましたが、お元気そうで何よりです。』てね。そうしたら、ダリウスが聖女を抱き上げ、部屋に戻ると言って、離れて行ったのよ。」
「ダリウスが?」
「どう見ても、聖女を庇った様に見えたわ。それも私に対し、どこか敵対するみたいに。」
「それは·····。」
「何だそれは?」
「ダリウスは何か変な魔法でもかけられたのではないかしら。」
「だが、王宮では魅了のような魔法は出来ないようにしてあるはずだが?」
「そうなんだけど·····。」
3人は思わず黙り込んでしまう。
「王妃様。」
するとマリアの侍女が何か耳打ちする。
マリアは軽く頷くと、グレイスに向き直る。
「侍女の話だと、今丁度、聖女達が庭園に出ているそうよ。見に行きましょう。」
◇
「ダリウス見て!この前は咲いていなかったのに、今日はこんなに可愛らしく咲いているわ。素敵ね。」
少女のはしゃぐ声が聞こえる。
先頭を歩く聖女の後ろには、ダリウス。
そしてその後ろには聖騎士が数人並んで歩いている。
「聖女様、また興奮されると転びますよ。聖女様もいいお歳なのですから、少しお淑やかにして下さい。」
「ふふ、そんな私、私らしくないって言うくせに。」
聖騎士が声をかけると、聖女も気安く返す。
とても体調が悪い様には見えない。
アーレンとマリアとグレイスは少し離れた場所から様子を窺っていた。
離れていても、それなりに大きな声で話しているので、何を言っているか、直ぐに分かる。
「ね、元気でしょう?」
マリアがグレイスに耳打ちする。
「それに私達に接する時は、幼子みたいな話し方だけど、今のあの様子。まあ、淑女ではないにしても、平民の普通の年相応の少女という感じよね。聞き分けの無さは、演技なのかしら?」
「グレイス、気づいた?」
「ええ、聖女様の魔力も、もう回復されているみたいね。問題はダリウス·····。体内に聖女の魔力が巡った跡はあるけれど、特に魅了の類に侵されている気配はないわ。」
「ダリウスが聖女を優先しているのは、彼自身の意志によるという事だ。。」
「それってつまり、グレイスの元にかえらないのも全てダリウスの意志っていう事なの?何か脅されているのかしら?」
マリアはグレイスを気遣う。
しかし、グレイスはダリウスをじっと見つめたまま何も応えない。
そうしているうちに、ダリウスの元へ戻った聖女がダリウスの目の前で躓く。
ダリウスは優しく受けとめ、そのまま抱き上げる。
「ふふ、ダリウスはすぐ私を抱きかかえるのね。」
聖女はそう言って、嬉しそうに笑いかける。
そしてダリウスも愛しげに聖女に微笑みかける。
「ちょっと何?あの表情·····。」
マリアはそう言い、絶句する。
グレイスも心の中で驚く。
その時、こちらの気配に気づいたのか、ダリウスがこちらに視線を向ける。
そしてグレイスの姿を見とめると、途端に苦しげな表情をした。
「ダリウス·····。」
思わずグレイスはそう呟く。
するとこちらに気づいた聖騎士達が一斉に聖女達を隠す様に立ちはだかる。
「何だ?その態度は。聖騎士はこの国の国王に対しても不敬な態度をとるのか?」
アーレンがそう言うと、さすがに不味いと思ったのか、聖騎士達は跪く。
「聖女の見舞いに来たが、どうやらもう心配は要らないようだな。聖女フィーネ、いつまでもノーラ卿を放さないのは感心しないな。彼の家族はずっと帰ってこない事を心配している。」
アーレンがそう言うと、地に下ろされた聖女は泣きそうな顔をする。
「まさか聖女は、身体を治す対価に、人の夫を独占することを望んだのか?それに聖騎士は何時から公爵夫人に無礼を働くことを許されたのかな?神殿は秩序を重んじる所ではないのかな?聖女を甘やかして、やりたい放題にさせるなら、君達に聖女は任せておけないな。神殿に抗議させてもらうよ。」
そう言われて、聖騎士達は何も言い返せない。
「お願いです!もう我が儘は言いません。でも、ダリウスだけは、私の傍から放さないで下さい!他は何でも言うことを聞きますから、ダリウスだけは····。」
そう言って、聖女は泣き崩れる。
「それが我が儘なんだよね。」
「国王陛下、今暫く私を聖女の元に居させてもらえないでしょうか?聖女は力を得た日から、心安らぐ時間が持てていない様子。聖女の心が落ち着きましたら、元の生活に戻ろうと思います。」
ダリウスはアーレンの前に跪き、そう訴える。
「グレイスに言うことはない?」
「すまない·····聖女の魔力が身体を巡った時に、彼女の記憶を見た。酷いものだった。彼女は絶望の縁に立って、初めてこの力を得た。そしてまだ心の傷は癒えていない。寄り添ってやりたいと思ったまでだ。」
「戻ってこられるのですか?」
「······ああ。」
「聖女の記憶を見て、同情したという事か?そうだとしても筋を通せ。誰かを傷つけていい理由にはならない。」
「御意。」
「それから聖騎士は今すぐ神官長を呼べ。どこから漏れたか、聖女の再生の話を聞きつけて、王宮に人が押し寄せて来ている。対処方法を検討しなければならない。分かったか。」
「承知しました。」
「ではマリア、グレイス、参ろうか。」
「ええ。」
アーレンとマリアは執務室に戻ろうとする。
「聖女様、あらためまして、この度夫の身体を元通りにして下さり、誠に有り難うございます。心より御礼申し上げます。」
そう言って、グレイスは聖女に向かって、美しい礼をした。
その美しさに皆一瞬見惚れてしまう程であった。
そんな中、ダリウスはただ1人、それを見て苦しげな表情を浮かべるのだった。
◇◇◇
グレイスはアーレンとマリアにお礼を言い、王宮を後にした。
あと少しで屋敷に着く頃に、ある異変に気づく。
王都の屋敷の門に、多くの人が詰めかけていた。
「様子がおかしいわ。裏口に回りましょう。」
そう言って裏口まで来ると、そこには人影は無く、屋敷に入る事ができた。
「奥様お帰りなさいませ。ご無事で。」
「ただいま。門の人達は何者なの?」
「はい、どうやら聖女様を崇拝している者達のようです。」
「聖女様を?なぜここに?」
「市井では、聖女様と勇者ダリウス様の話題でもちきりの様で。何でも聖女様の恋慕を成就させて欲しいと、訴えております。」
「何ですって?」
「申し上げ難いのですが·····。」
「何?教えて。」
「はい····どうやらグレイス様を、聖女様の恋路を邪魔する悪女だと言う者もおりました。」
悪女?
「はい、悪女グレイスと·····。」
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。