1 王太子からの求婚
2作目です。
タイトルの『闇の聖女』になるに至るまで、少々時間がかかりますが、読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。
ある騎士が高位の令嬢に求婚した。
騎士は、その身分差を埋めるために、災悪と呼ばれる古竜を倒し、『勇者』の称号を手にする事を誓い、旅立って行った。
彼女はその騎士の愛が本物か疑っていた。
けれど無事を祈り、騎士の帰りを待った。
それから僅か数年後、騎士は古竜を倒し国に帰ってきた。
帰ってきた騎士は·····古竜討伐の代償として、多くのものを失っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「グレイス·タンドゥーラ公爵令嬢、私の妃になってもらえないだろうか?」
王宮の一角、王族のみが立ち入りを許可されている庭園に設けられた茶席で、この国の王太子であるアーレン·ロスタリウス·フェアノーレから、呼び出されて早々、出された紅茶に口をつける間も無く求婚された。
「留学先から戻り次第このように呼び出され、何かと思えば、随分せっかちなプロポーズですわね。噂では色々伺ってはおりますが、私にプロポーズするに至った理由をお聞かせ下さいませ。」
「ああ。その前に私達は幼馴染みだろう?肩苦しい言葉使いはやめよう。」
「殿下がそのようにおっしゃるのでしたら。」
「ああ、今後もそのようにお願いするよ。」
「で?アーレン。あなたは10年もの間婚約者として務めてきたソフィア·スタンダール侯爵令嬢と婚約破棄するなんて、何を考えているの?」
「いや、俺は婚約破棄するつもりなんてなかったんだよ。ソフィア側の希望でだ。説得しても無理だった。」
「理由は聞いたのでしょう?」
「体調不良だ。王太子妃として務める事が出来ないと。」
「体調については、毎月王宮にて医師から健康診断があるはずですわ。おそらく侯爵家の侍医よりもソフィア様の健康状態については把握しているはずです。健康不安があるなら、逆に王家から侯爵家に話がいくもの。となれば、身体の健康ではなく、精神面。心当たりは?」
「あ····ある。」
「何ですの?」
「ソフィアの他にもう一人妃を娶りたいと言ったからかな?」
「何ですって?····浮気したのね。」
「言い方!まぁ、でもそう思われても仕方がないかな。確かにソフィア以外の別の女性に心を惹かれたのは間違いない。」
「酷い男·····。側妃を迎えるなら、正妃が世継ぎを産んだ後という決まりがこの国にはあるのを知っているでしょう?待てないの?」
「俺は待てるんだがな。彼女がそれでは嫌だと。」
「待てない程度の気持ちしか持っていないのでは?」
「そこは片時も離れたくないと思うほどの愛情を持っているの間違いでは?」
「あなたの頭の中は、そこら辺りの野原よりも花畑ですわ。」
「いやだから、言い方!不敬だよ、不敬。」
「ですわね。どうぞ国外追放して下さいませ。」
「そんな追放しなくても、元々留学先だったルダリスタン帝国へ戻るつもりだったんだろう?それは困る。」
「とにかくソフィア様が拒絶されるそのお方はどういう方ですの?」
「マリア·ラッセル男爵令嬢、西部の険しい山々に囲まれた小さな領地を治める家の娘だ。学園で知り合った。」
「ラッセル領·····昔は領内の鉱山から銀を産出していたけれど、ここ20年はその産出量も激減している····でしたかしら?」
「そうだよ、よくあんな小さな領地の事まで頭に入ってるな、さすがだよグレイス!結婚しよう!」
「お黙りになって。それで何故彼女と親しく?」
「学園でたまたま席が隣になってね。ある時、彼女の領地での苦労話を聞いたんだ。それで力になりたいと。」
「苦労話?」
「ああ、はじめは夏休みに入る前に、領地に帰るという話から。どうやらラッセル領は魔獣の被害が多いらしくてね。それで何とかしてやりたいと思って騎士を数名連れてラッセル領に行ったんだ。そこで小さな村を襲う魔獣を何日か渡って駆除したんだ。村人に喜ばれてね。初めてだったよ、あんな達成感。」
そう言って、アーレンはその時の事を思い出したのだろう。グレイスに嬉しそうな表情を見せた。
「そもそも魔獣の被害に対処するのは、その地の領主の仕事。騎士団を作るなり傭兵を雇うなり、自領で解決するものですわ。手に余るほどの被害なら、国に届け出て、国から討伐隊が送られるはずです。この国の国王の後継者たる王太子が、狩り感覚で魔獣の討伐を近衛を連れ回してする事ではないわ。あなたに何かあったらどうするの?誰も止めないの?」
「いや、その·····勝手に王都を飛び出したんだ。結果的に追ってきた近衛の騎士達と合流して、まぁ、討伐にこぎ着けた感じだな。」
「上に立つ者として、失格ですわ。結婚云々よりも、まず王太子として勉強し直す事をお勧めしますわ。いえ、この言い方では生温いわ。今すぐ王太子教育をやり直しなさい。」
「怒るなよ、グレイス。無事なんだから。でもグレイスの言う事は分かる。善処するよ。」
「善処?」
「とにかく、そんな事があって、マリアとの距離が近くなったんだ。そんな時にソフィアがマリアを呼び出してね。日頃の態度を注意したんだ。まぁ、マリアは田舎の男爵家の娘だろう?多少異性との距離感に問題があった。ソフィア以外の貴族令嬢からも多く、その点を指摘されていたからね。あまりにも直らないからソフィアが注意する事になったのだろう。俺はそこで敢えてしゃしゃり出ず、見守ることにしたんだ。」
「逃げたのね。」
「え?いや、違う。それで呼び出しの現場に隠れて様子を窺っていたんだ。ソフィアはね、声を荒らげることなく、諭すように話していたと思う。まぁ、周りの令嬢達は、罵声を浴びせていたけどね。さすがのマリアも怖くて、傷ついて落ち込んだり、泣いたりするだろうと思っていた。ところが当のマリアは、そんな声にも臆せず、泣くどころか寧ろ言い返していたよ。そんな気丈な態度に胸を打たれたね。それで益々興味が湧いてきて、結果学園が休みの間も頻繁に会うようになった。そうしてお互いを意識する関係になったんだ。」
「はぁぁぁ·····。それでもっと一緒に居たくて結婚をと?話を聞く限りでは、あなたの彼女に対する熱は、風邪をひいたようなものだわ。はっきり言うわ。そんなことで女にのめり込んで、婚約者を蔑ろにする男に、ソフィア様は愛想を尽かされたのよ。国の一大事だわ。」
「厳しいな、グレイス。」
「厳しくありません。あなたがマリアさんと楽しんでいる間、ソフィア様は厳しい王太子妃教育を受け、国を支えるべく公務も行っていたでしょうに。呆れて物が言えないわ。私はソフィア様の後釜に座り、あなた達を支えるつもりはありません。他のご令嬢に声を掛けて下さい。では、私はこれで失礼しますわ。」
「待ってくれ、グレイス!その····既に他の令嬢には婚約の打診をしたんだ。全て何かしら理由をつけられ断られたよ。」
「······。国王陛下は何と?」
「父上には、ソフィアの件でかなりお叱りを受けてさ。勿論マリアとの婚姻も反対だ。その上、自分で解決しろと言われ、高位貴族の家にはほとんど打診したかな。今のところ全滅。そこで思い付いたんだ、グレイスの存在を。君が王家と距離を置く立場なのは充分承知している。だけど父上に相談したんだ。もし、グレイスを妃に迎える事が出来たなら、マリアとの婚姻も認めてくれるかと。そしたら·····グレイスを再び王宮に呼び戻せるなら、マリアとの婚姻も認めようと。マリアとの婚姻は、君が俺のもう一人の妃にならない限り無理なんだ。だから頼むよグレイス、俺と結婚して欲しい。」
「それは····市井で言う『真実の愛』ですか?」
「そうだね。身分に囚われない想い、それが『真実の愛』だと思う。」
「お断りします。自分達だけの愛を優先し、他の者を犠牲にする様な人達の力になる気はありません。犠牲にするなら他人ではなく、自分が犠牲になりなさい。」
「待ってくれ·····話を聞いてくれ。取り敢えず3年、3年だけでいいんだ。マリアが王太子妃としての教育に目処が立つ迄でいいから支えてくれ。3年経ったら白い結婚という事で離婚に応じるから。」
「私はただ働かされて、傷ものになるだけではないかしら?本気でそんな酷いことを私に要求するの?どうかしてるわ。」
「いや、そこはグレイスにとって悪いようにはしないから。3年後、ダリウスの元に降嫁してもらう。」
「降嫁?何故ダリウスなのです?」
ダリウスは王太子であるアーレンの護衛の近衛騎士だ。
幼少の頃よりアーレンに仕えていた。
元々平民だったが、その腕を買われ近衛まで上り詰め、貴族出身で構成される中にあって、騎士卿を手に入れた。
何より幼いアーレンがダリウスを気に入ったのが、護衛騎士に選ばれた一番の理由だ。
そしてその頃、王家の王子達の遊び相手として王宮に通っていたグレイスもまた、ダリウスに好意を持っていた。
そう、グレイスの初恋は、このダリウスだった。
ガゼボに設けられた茶席から少し離れた位置で、今も待機している護衛騎士の中に、そのダリウスはいる。
会話は聞こえてはいないだろうが、こちらを意識しているのが分かる。
「何故ダリウスかって?それはグレイスの初恋の相手だからだろう?それに今でも好きなんだろう?」
「アーレン····あなた、ダリウスを無理矢理引き込むつもり?」
「いや、無理矢理では····。」
「自分の護衛騎士を····ダリウスを犠牲にするなんて!彼の気持ちが私にないことぐらい知っています。そんな事をして、私が喜んでこの話に飛びつくとでも?馬鹿にするのもいい加減にして。これ以上話を聞くつもりはありませんわ。」
そう言ってグレイスは席を立ち、ガゼボから出ていった。
アーレンはダリウスに目配せすると、心得たというように、ダリウスは一礼をしてグレイスを追いかけて行った。
「あーあ、マリアの言う通りにしたんだが、反って怒らせてしまったな。」
「そうね、アーレンから話を聞いて、いい案だと思ったのに。」
声がする方を見れば、そこにはメイド服を着た一人の女性が。
ふわりとした薄茶の髪に丸みのあるパッチリとした目に茶色の瞳。
明るい印象の可愛らしい女性だ。
「なんだマリア、メイド服を着て、紛れ込んでいたのか?」
「ええ、気になって。それにここは王族専用の庭なのでしょう?私の身分では普通入れないわ。メイドなら問題無いでしょう?」
「相変わらずだな。」
そう言ってアーレンは楽しげに笑う。
「遠目で見ただけだけど、あれが話に聞いていたグレイス様·····。癖の無い銀髪に透き通るような白い肌。女神というのはああいう方を言うのね。上品に整った顔立ち。歩くだけで香り立つ様な雰囲気を纏った方····私、あんな方と並び立つの?」
「そう、水気を帯びた水色の瞳に見つめられたら、嘘なんてつけなくなる気分になる。慈愛に満ちた微笑みを浮かべるくせに、発する言葉は容赦ないからな。」
「随分叱られたみたいね。」
「まぁ、あそこまで色々言ってくれる人間は、グレイス以外にいないよ。」
「信頼しているのね。」
「ああ。····さて、ダリウスに追わせたが、ダリウスは上手く説得してくれるかな。」
そう言って、アーレンは天を仰いだ。
数ある作品の中から、見つけて読んで下さり有難うございます。
現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。https://ncode.syosetu.com/n0868hi/