三、光武に帰順
3.
及王郎起,遣將徇上谷,急況發兵。恂與門下掾閔業共說況曰:『邯鄲拔起,難可信向。昔王莽時,所難獨有劉伯升耳。今聞大司馬劉公,伯升母弟,尊賢下士,士多歸之,可攀附也。』況曰:『邯鄲方盛,力不能獨拒,如何?』恂對曰:『今上谷完實,控弦萬騎,舉大郡之資,可以詳擇去就。恂請東約漁陽,齊心合眾,邯鄲不足圖也。』況然之,乃遣恂到漁陽,結謀彭寵。恂還,至昌平,襲擊邯鄲使者,殺之,奪其軍,遂與況子弇等俱南及光武於廣阿。拜恂為偏將軍,號承義侯,從破群賊。數與鄧禹謀議,禹奇之,因奉牛、酒共交歡。
(訳)
王郎が起つに及んで
部将に上谷を徇らせると
耿況は慌てて兵を徴発した。
寇恂が門下掾の閔業とともに
耿況に説くには、
「邯鄲で俄かに挙兵が起こりましたが
信頼し難きものです。
かつて王莽の時代、
(王莽が)憚っていたのは
劉伯升(劉縯)どの獨りだけでした。
今聞かば、大司馬の劉公(劉秀)は
伯升どのの同母弟であられ
賢者や民衆士卒を尊び
士の多くはかの方に帰順しております。
攀附すべきかと存じます」
耿況は言った。
「邯鄲はまさに強盛であり
(我々の)力量からして
単独では拒げぬ。
どうしたらよいだろう?」
寇恂は対して言った。
「今、上谷は十分に栄えており、
控弦(射手)や万の騎兵といった
大郡の資源を挙げて
去就を詳らかに選ぶべきでしょう。
恂が東行し、漁陽に
和約を要請いたします。
心を一つにして軍勢を合わせれば
邯鄲は考慮に値しませぬ」
耿況はこの言葉を尤もだと考え、
かくて寇恂を漁陽へと到らせ
(漁陽太守)彭寵との結党を謀らせた。
寇恂は帰還して昌平へと至り、
邯鄲の使者を襲撃してこれを殺すと
その軍勢を奪い、かくて
耿況と子の耿弇らと倶に南下して
広阿で光武帝に追い付いた。
寇恂は拝されて偏将軍となり
承義侯を号して
賊徒の撃破に従軍した。
いくたびか鄧禹と謀議すると
鄧禹は寇恂を非凡であると見なし
そこで牛を奉じて
酒を共に飲み交わした。
(註釈)
劉秀の河北逃避行、
メチャクチャ面白いので
掻い摘んで紹介します。
邯鄲で王郎が挙兵。
上谷太守の子・耿弇は
中山国盧奴県にて劉秀と見え、
共に北上して薊へ辿り着くが、
王郎は劉秀の首に賞金を懸ける。
劉秀は、王郎打倒のため
王覇に募兵を命じるが、失敗。
薊では、広陽王の子・劉接が
王郎に応じて兵を挙げており、
劉秀一行は慌てて
南側の門をぶち破って脱出する。
劉秀は、馮異の作ってくれた
豆がゆを食べ、寒さに凍えながら
饒陽まで逃げる。
飢餓に苦しむ劉秀たちは
「邯鄲(王郎)の使者である」と偽って
屋舎へ入り、役人から
食物を進呈されるが、
みんなお腹ペコペコだったために
食料争奪戦が始まってしまった。
役人たち、当然訝る。
「邯鄲の使者にしては格好もボロボロだし
こんなに腹空かしてるのは変じゃないか?」
そこで、
「邯鄲の将軍が到着しましたよ!」と
カマをかけてきた。
諸官の顔から血の気が引いていく中、
劉秀は全力のハッタリを敢行。
「そうですか、ならば将軍にも
中に入ってもらいましょうよ!!」
劉秀一行、その隙に逃げ出す。
昼夜も分かたず逃げ続けて
曲陽へと至ったが、
王郎の追手が迫っていると耳にして
一同恐懼するばかり。
「前方の川は急流で、船がないと渡れない!」
との斥候の報告を受けて
劉秀が王覇を遣ると
やっぱり渡るのは無理そう。
王覇は、皆を混乱させないよう
「川が凍ってます! 渡れます!!」
とウソをついたが、
劉秀らが実際に行ってみると
本当に川が凍っていて
ほぼ被害を出さずに
渡る事ができてしまった。ミラクル!
劉秀
「王覇のデタラメがマジになっちゃったね」
王覇
「天は主公に味方しております。
周の武王の白魚の瑞祥ですら
これ以上ではありますまい!(必死)」
さらに南下すると
今度は大雨強風に見舞われる。
劉秀は道端の空家に避難し、
馮異が薪をくべて
鄧禹が火を起こす手厚いサポートで
雨露と寒さをどうにか凌ぐ。
下博城の西までやって来たが
もはや前後不覚に陥っていた劉秀。
見れば道端に白衣の老人がひとり。
「おら、がんばれよ!
信徒郡は長安の為に守っている。
ここから80里くらいの距離にあるぞ」
このおいちゃん、もしかして
高祖劉邦? んなわけないと思うけど……
かくて老人の言に従い
信徒へ向かう劉秀。
信徒の太守の任光や邳彤は
アンチ王郎、あたたかく劉秀を迎え入れた。
風雲急を告げる情勢のなか
寇恂は劉秀への帰順を
太守耿況に進言。
自ら漁陽郡への使者に立ち
同盟を結ぶ一方で、
邯鄲の使者の手勢を奪って
耿弇とともに劉秀と合流。
漁陽では呉漢が偽りの檄文を発して周囲を扇動し
こうして上谷と漁陽、信徒郡
さらに真定王家や在地豪族の
助力を得た劉秀は王郎を撃破し、
銅馬をも破って確たる基盤を築く。




