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淡々後漢書  作者: ンバ
第十八、蓋延伝
33/102

一・二、漁陽の勇者/光武帝の傘下に

幽州で勇名を馳せた

300斤の強弓を操る蓋延伝。


ちょっとDQNぽいのがまた素敵な

彼の列伝を読みます。

1.

蓋延字巨卿,漁陽要陽人也。身長八尺,彎弓三百斤。邊俗尚勇力,而延以氣聞,歷郡列掾、州從事,所在職辦。彭寵為太守,召延署營尉,行護軍。

(訳)

蓋延がいえんは字を巨卿、漁陽郡要陽県の人である。


身長八尺(185センチ前後)、(使っていた)彎弓は三百斤(66.8キロ)であった。


辺境の風俗としては

武勇がとうとばれており、

気鋭を以て聞こえていた蓋延は

郡の列掾や州の従事を歴任し

行く先で仕事をよく取り捌いていた。


彭寵ほうちょうは漁陽太守となると

蓋延を召辟して営尉えいいに署し

護軍ごぐんを兼任させた。


(註釈)

蓋延、字は巨卿は幽州漁陽の出身。


後漢初期に、巨やら君って字の人が多いのは

たぶん、王莽おうもうが「巨君」という

字だからだと思われます。


あんな奴のあざな、犯しちゃえ!

的な発想か。


異民族の境域と接しており、

「力が秩序」という北の辺境で

抜群の勇武をもって知られた。


300斤は約67kg、

成人男性ほどの弓を扱える

圧倒的な膂力を誇り、

光武帝の部下には貴重な

直情型の荒くれキャラです。


ジョジョ2部の戦車戦で

ジョセフが手に取った

巨大な方のアイアンボーガンも

蓋延なら普通に使えるかも。


我らが劉秀が兄を殺されて

河北へ転出してきた際に

漁陽・上谷じょうこく信都しんとの三郡は

いち早く支持を表明しましたが

その中に蓋延、呉漢ごかん耿弇こうえん寇恂こうじゅんなど

のちの主力メンバーがいたのでした。


のちに蓋延は

雲台28将の11位とされています。


2.

及王郎起,延與吳漢同謀歸光武。延至廣阿,拜偏將軍,號建功侯,從平河北。光武即位,以延為虎牙將軍。


(訳)

王郎おうろうが起つに及び

蓋延と呉漢ごかんは共謀して光武帝に帰順した。


蓋延が広阿こうあへ至ると

(光武帝から)偏将軍に拝され、

建功侯を号し、河北平定に従った。


光武帝が即位すると

蓋延は虎牙こが将軍となった。


(註釈)

河北では、前漢成帝の落胤を騙る

王郎おうろうが挙兵。


縁のない地でいきなり

王郎の一味に追われることになった劉秀は

部下の献身や命がけのハッタリで

なんとか信都郡まで逃げます。

多分、並みの将ならここで死んでたでしょう。


呉漢ごかんが偽の檄文を書いたことで

上谷太守の耿況こうきょう

漁陽太守の彭寵ほうちょうが劉秀を支持、

超強力な烏丸突騎を操る

呉漢、耿弇こうえん景丹けいたん、そして

蓋延、王梁おうりょう寇恂こうじゅん耿純こうじゅん

李忠りちゅう邳彤ひとうらが味方に加わり、

形勢逆転、劉秀は河北に地盤を築きます。

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