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淡々後漢書  作者: ンバ
第十五、王常伝
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15/102

六、楚王に連座し封国没収

6.

子廣嗣。三十年,徙封石城侯。永平十四年,坐與楚事相連,國除。


(訳)

子の王広おうこうが嗣いだ。


三十年(54)、石城せきじょう侯に徙封された。


永平えいへい十四年(71)、

楚の事件(楚王の劉英りゅうえいの反乱)と

相連なっていた(加担していた)事に連座して、

国を除かれてしまった。



(註釈)

あーーーーあ。


光武帝の死後、太子劉荘(りゅうそう)が後を継ぎます。

これが明帝です。


雲台28将は、光武帝ではなく

明帝が選出したものなので、

彼の時代まで生きてた人たちが

上位になっている傾向にある気がします。


光武帝がチョイスすると

どーゆー順番になるんだろ?



70年に明帝の異母兄の劉英が

謀反を画策して露見、封国没収。

加担していたとして王常ジュニアも失脚。

失う時はアッサリだぜっ。


最後に、ワシの個人的な王常評です。


戦闘 ★★★★★★★★ 8


〜王常の戦績〜

●荊州(VS荘尤)

○上唐(VS荊州牧)

○沘水西部(VS甄阜・梁丘賜)

○昆陽(VS王尋・王邑)

○南陽(VS 鄧奉・董訢)※劉秀が親征するまで抜けてない

○河間

○漁陽(VS彭寵?)

○諸所の屯聚を平定、勝利数+3

○湖陵

○桃城(VS 蘇茂・龐萌)

○下邳

○沛郡(VS※苗虛)※東観漢記

●隴西(VS隗囂)※李通は王覇らと組んで延岑に勝利

○朝那(VS高峻)

○烏氏(VS隗囂)

○※羌族らを降伏させる、勝利数+3

△(VS盧芳)※「拒」なので勝ってるかどうかわからぬ


21戦18勝2敗1分


桃城っていうと、テニプリの

ダンクスマッシュ使い思い出すなぁ。


ふつうに強いっ!!

昆陽の戦いの大勝利は、

王常の奮闘なくして有り得ませんでした。


初期の対荘尤での敗戦に関しては、

劉秀たちだって小長安でやられてるので

マイナスに捉えないでおきます。


席次がぶっちぎりだったようなので

光武帝の評価もめちゃんこ高かった模様。



・戦略 ★★★★★★ 6


盗賊団にあって舂陵の劉兄弟の将来性を

いち早く見抜いた先見性がすごい。


下江軍の仲間だった成丹せいたんや、

王匡おうきょうは更始帝について死んでるし。

張卬や王鳳も、その後特に出てこないということは……。


しかし、後漢書は戦闘描写が淡白すぎます。

本当はもっと計略とか使ってるんでしょうけど……。


そして、せっかく勝ち馬に乗れたのに

子孫が封国除かれたのが本当に残念。



・内政 ★★★★★★ 6


常性恭儉,遵法度,南方稱之。

とあるので、盗賊出なのに法を遵守スタイル。

イメージに反して統治能力もあります。



・人格 ★★★★★★ 6


冒頭で弟の仇討ちをしたとあるので

身内のために命張れる人だと思います。


性格は恭しく倹しい。

もうちょっと描写が欲しかったーっ!



やはり劉秀の配下は万能型が多いです。

これにて王常伝を終わります。

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