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淡々後漢書  作者: ンバ
第十五、李通伝
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序、光武帝の略歴

 淡々後漢書ではまず、光武帝《こうぶてい》・劉秀《りゅうしゅう》周りの人物について触れていきます。

 劉邦《りゅうほう》と劉備《りゅうび》は知っているけど、劉秀って?? という方、ぜひご覧ください。

 一発目は、慎重な性格の劉秀に挙兵を持ちかけた李通《りつう》伝です。

 あんまり長くないので、入門編にちょうどいいかなと考えました。

李通の話をする前に

光武帝の略歴を載せます。


先に全体の流れを掴んでおいた方が

話がスムーズに入ってきますからね。


・前6年

劉秀《りゅうしゅう》、生まれる。



・8年(14歳)

外戚の王莽《おうもう》が皇帝位を簒奪、

前漢王朝が滅亡、新《しん》王朝が誕生する。



・18年(24歳)

王莽の失政により

瑯琊《ろうや》の樊崇《はんすう》らを主体とした農民反乱が勃発。

彼らは眉毛を赤く塗っていたために

「赤眉《せきび》」と呼ばれた。



・22年(28歳)

王莽打倒に向け、兄の劉縯《りゅうえん》が挙兵。


李通《りつう》らの説得を受けた劉秀も

これに付き従い、

各地で蜂起した盗賊とともに

反乱軍を結成する。


小長安《しょうちょうあん》で官軍に大敗を喫し

次兄の劉仲や次姉の劉元を喪う。



・23年(29歳)

宗族の劉玄《りゅうげん》が皇帝に即位し、

「更始帝《こうしてい》」と称される。


昆陽《こんよう》の戦い。

王莽の差し向けた43万の大軍を

劉秀は僅か8千で撃破。


王莽は配下の裏切りによって殺害され

新王朝は僅か15年で滅亡する。


同郡の豪族の娘である陰麗華《いんれいか》を娶る。


兄・劉縯は更始帝との政争に敗れ

誅殺されてしまう。

劉秀は悔しさを胸にしまい込み、河北《かほく》へ。


河北にて、前漢皇帝の末裔を称する

王朗《おうろう》が挙兵。



・24年(30歳)


王朗から追われる身となり、

飢えと寒さに耐えながら逃げる。


信都郡、上谷郡、漁陽郡が劉秀を援助、

劉植《りゅうしょく》の仲介で郭聖通《かくせいつう》と政略結婚。


王朗を撃破。

更に銅馬《どうば》と呼ばれる軍閥を破り

河北で勢力基盤を築く。



・25年(31歳)


配下から請われて皇帝に即位。


河北から帰還して洛陽を攻伐。

兄を謀殺した朱鮪《しゅい》を降伏させる。


更始帝が赤眉軍に殺害される。


蜀の公孫述《こうそんじゅつ》も称帝、

赤眉軍が十五歳の劉盆子《りゅうぼんし》を皇帝に擁立、

匈奴が盧芳《ろほう》を皇帝に擁立、

梁王の劉永《りゅうえい》が天子を自称するなど

各地の群雄軍閥が独立色を鮮明にする。



・26〜27年(32〜33歳)


河北で劉秀を支援した彭寵《ほうちょう》が

待遇への不満から反乱を起こす。


郭聖通が皇后となる。


鄧禹《とうう》や馮異《ふうい》が

長安及び赤眉軍を平定。


呉漢《ごかん》と蓋延《がいえん》が

劉永を攻囲し、これを平定。


南陽の鄧奉《とうほう》の反乱を

死闘の末に平定。



・28年(34歳)


関中の延岑《えんしん》を馮異らが破る。


各地の軍閥を平定。



・29年(35歳)


彭寵が下僕に撃たれる。


劉永の残党の張歩《ちょうほ》らを耿弇が討伐、斉を平定。



・30年(36歳)


蜀の公孫述討伐に乗り出すも

帰順していた隴西の隗囂が反乱、

大敗を喫する。



・33年(39歳)


隗囂《かいごう》が病死。



・35年(40歳)


公孫述の刺客により来歙《らいきゅう》と岑彭《しんほう》が暗殺される。



・36年(42歳)


呉漢《ごかん》が公孫述・延岑を滅ぼす。



・37歳(43歳)


盧芳が匈奴の地へ逃亡、天下統一。



・40年(46歳)


盧芳が降伏。


交阯《こうし》で

徴側《チュンチャック》と徴弐(チュン二)の姉妹が挙兵。



・41年(47歳)


郭聖通《かくせいつう》を廃して

陰麗華を皇后に擁立。



・42〜43年(48〜49歳)


馬援《ばえん》が徴姉妹を討伐。

劉荘《りゅうそう》を太子とする。



・48年(54歳)


匈奴が南北に分裂、

南匈奴が後漢を頼る。



・56年(62歳)


泰山《ほうざん》にて「封禅《ほうぜん》の儀」を行う。



・57年(63歳)


倭国に金印を送る。

崩御。「世祖《せそ》光武《こうぶ》皇帝」と諡される。





前6年、生まれる

8年、前漢滅亡

14年、呂母《りょぼ》の乱

18年、赤眉《せきび》の乱

22年、挙兵

23年、昆陽《こんよう》の戦い

25年、皇帝に即位

27年、赤眉を撃破

29年、斉を平定

30年、隗囂《かいごう》反乱

33年、隗囂病死

36年、公孫述を撃破

40年、徴姉妹の反乱

56年、封禅の儀

57年、崩御



・劉秀の仲間たち

劉縯《りゅうえん》 覇気に溢れる兄。更始帝との政争に敗れる。

鄧禹《とうう》 若き人事の天才。軍事は不得手??

呉漢《ごかん》 突騎を操る死神。謀略にも長ける。

賈復《かふく》 朝飯前の語源、傷だらけの剛将。

耿弇《こうえん》 虚々実々の策士、二代目国士無双。

馮異《ふうい》 お粥を作ってくれた、清廉なる大樹将軍。

陰麗華《いんれいか》 最愛の妻。

李通《りつう》 劉秀に挙兵を持ちかけた人。

馬援《ばえん》 矍鑠《かくしゃく》の語源。馬超《ばちょう》の先祖。


・敵対者たち

王莽《おうもう》 前漢を終わらせた男、失政で失墜。

劉玄《りゅうげん》 地元の宗族、更始帝《こうしてい》。

朱鮪《しゅい》 盗賊上がりの智慧者。劉秀を危険視する。

王郎《おうろう》 河北で挙兵、序盤のボス。

樊崇《はんすう》 赤眉軍の指導者。多分カリスマ凄い。

隗囂《かいごう》 隴西に割拠、当初は劉秀に臣従していた。

延岑《えんしん》 死中に活の語源。劉秀に抵抗を続ける。

公孫述《こうそんじゅつ》 蜀に割拠、劉秀に最後まで抵抗した。

徴《チュン》姉妹 ベトナムの英雄。交阯の悪政に決起。


これだけ押さえておけば

大丈夫だと思います。


ドラマの「秀麗伝」を視聴するのも

いいやもしれませぬ。

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