第49話 少女
「異世界……だと」
新木が小さく口にする。
「ああ」
「ほ、本当かよ」
「まず間違いないだろうな」
俺の【ゲート】で、もとの場所に帰れないということはここが俺たちのいた世界とは別の世界ということを意味していた。
俺の言葉を受け新木は神妙な顔つきになる。
一方の二本松は何を考えているのか、涼しい顔で落ち着き払っていた。
「異世界ってあたしたちが旅してた世界か?」
「さあな、そこまでは俺にもわからん。ただ俺のゲートじゃ日本に帰ることは出来ないってことだけはたしかだな」
「マジか……」
とここでしばらく黙っていた二本松が口を開いた。
「ここが僕たちの知っている異世界かどうかをまずは知る必要があるね」
「そうだな。俺たちが前に来た異世界だったとすれば見知った召喚術師がいるはずだから、もとの世界に送り返してもらえるもんな」
「うん、そうだね」
と二本松。
やはり二本松は冷静で頼りになる。
「僕、明日も明後日もデートの約束で一杯なんだ。早くもとの世界に帰らないと女の子たちに嫌われてしまうから困るんだよ」
……無類の女好きという点をのぞけばだが。
「てめぇ、こんな時までそんなこと言ってやがるのかっ。いっぺん死んでこいっ」
「そうやって怒った顔もまた美しいね、レイナくんは」
「うっせえ、イカレ野郎っ」
二本松のおかげでいつもの調子を取り戻す新木。
深刻な顔をした新木よりこっちの新木の方が余程新木らしい。
「ところでよ、結城は異世界にちょっとは戻りたいって気持ちがあったんだろ。ここが前あたしたちが来た異世界だとしたらよ、このままずっとこっちにいたいって思ったりするか?」
新木が二本松から俺に顔を向ける。
そういえばそんな話をしたこともあったか。
その時はたしか、新木も異世界に戻りたい気持ちがあるとか言ってた気がするが。
「どうだろうな。そういう気持ちがないわけじゃないけどさ、あっちには家族もいるからな。家族を心配させることになるのだけは避けたい気もするしな。微妙なところだな」
「そっか。あたしと同じだな」
と新木が言う。
好奇心の塊のような奴だが、同時に家族愛が強い新木のことだから、異世界ともとの世界どちらがいいとはなかなか決めきれないのだろう。
「僕は断然もとの世界だけどね。異世界の女の子も捨てがたいけど、やっぱり日本人の奥ゆかしい女の子が僕は一番好きだからね」
「てめぇには訊いてねぇんだよ。ボケがっ」
二本松は奥ゆかしい女性が好みだったのか。
うーん……新木とは正反対じゃないか。
などとどうでもいいことを考えていたその時だった。
「きゃあぁぁーっ!」
女の子の悲鳴が森の中に響き渡った。
俺たちは顔を見合わせるとすぐに声のした方へと駆け出す。
「誰か助けてぇーっ!」
『グォオオーッ!』
新木と二本松を置いて一足先に声のした場所へたどり着いた俺は、今にも少女に襲いかからんとするレッドライオネルを視界にとらえた。
俺は一足飛びで少女とレッドライオネルの間に体を滑り込ませ、レッドライオネルの突進を体で受ける。
体勢を崩すもなんとか着地した俺は少女の前に立ちレッドライオネルを見据えた。
「大丈夫? 怪我はない?」
俺の後ろで震えている少女に声をかける。
「う、うん。だ、大丈夫……でもお兄ちゃんは……?」
「俺なら大丈夫だよ。少しだけ待っててね、すぐにあのモンスターを退治するから」
俺の心配をしてくれている少女を背にして、俺はレッドライオネルに向かって手を伸ばした。
レッドライオネルはキラーコング並みの攻撃力とミノケンタウロス並みの素早さをあわせ持つ、ライオンを二回りも三回りも大きくしたようなかなり手ごわいモンスターだ。
もちろん普通に戦って勝てない相手ではないのだが、少女を守りながら戦うことに一抹の不安を覚えた俺は【ファイナルソード】で一気に片をつけることに決めた。
【デスフレイム】でもいいが、周りは木々が生い茂った森なのでここはやはり――
「いくぞ、ファイナルソードっ!!」
――――
――
☆ ☆ ☆
「お嬢ちゃん、もう平気だよ」
ファイナルソードのまばゆい光で目を閉じていた少女に俺は声をかける。
するとゆっくりと目を開けた少女は、
「う、うん……えっ!? 森が……なくなってる!?」
辺りの様子が一変していることに驚きの声を上げた。
「ご、ごめん。さっきのモンスターは倒せたんだけどね、森をちょっとだけ壊しちゃった」
「す、すごい……」
ちなみに俺と少女はこのあと遅れてやってきた新木、二本松と無事合流を果たした。