第44話 最後の切り札
――
「な、な、う、嘘だろっ……!?」
俺の全力のパンチをもってしても目の前の扉はびくともしなかった。
「うおー、結城の攻撃でも駄目なのかっ? すげぇな、この扉っ」
新木が扉をばしばし叩きながら感嘆の息をもらす。
一方の俺はというと崩壊しかけの自尊心を少しでも癒そうと、
「ま、待ってくれ。まだファイナルソードがあるっ。それなら壊せるかもしれないぞっ」
新木にとっておきの必殺技を使うことを申し出た。
「おいおい、ファイナルなんとかはダンジョンごと崩れる危険があるから、ダンジョンの中では使わないんじゃなかったのか?」
「あ、そ、そうだったな……」
そういえばそうだった。
興奮のあまり新木にたしなめられてしまった。
「こりゃあ、あたしたちには無理だな……っつうかほかの誰だって無理だろ、これ」
扉を見上げる新木。
だがふとそんな時、俺はとある人物のことが頭に思い浮かんだ。
――その人物の名は二本松。
俺と新木とともに異世界で魔王退治の旅をしていた補助魔法師だ。
「二本松なら、あるいは……」
そうつぶやいた俺の言葉を耳にして新木が顔色を変える。
「おいっ、その名前は出すなって言っただろっ。あたしはその名前を聞いただけで寒気がするんだからなっ」
二本松を毛嫌いしている新木が吠えた。
二本松は大の女好きなので新木に対してもしょっちゅうちょっかいを出していたのだ。
そんな二本松を新木は本気で嫌がっているというわけだ。
「でもなあ、俺にも新木にもこの扉は開けられそうにないしな」
「だったらもう、今回はここまででいいだろっ。諦めて別のダンジョンに行こうぜっ」
新木は言うが、
「そういうわけにもいかないだろ。このダンジョンの探索は佐藤さんから頼まれてやっているんだから」
俺は正論を返す。
今回ばかりは自由に動けるわけではない。
「この扉の先にいるモンスターを退治しないことにはほかのダンジョン探索は出来ないぞ」
「だったらどうすんだよ。あたしにも無理だし、結城にも無理なんだぞっ。に、二本松だってここにはいないし……諦めるしかないんじゃないのか?」
「うーん……」
俺は思案する。
そして、
「とりあえず、一旦戻るか。そんで佐藤さんに相談してみよう。話はそれからだな」
ここで考えていてもらちが明かないと思った俺はそう口にした。
「はぁ、面倒くせぇな。だから人の頼みごとなんて聞きたくないんだよな。それを八方美人の結城のせいで……」
「はいはい」
ぶつくさと何やら不平不満を述べている新木は放っておいて、俺は地上へ向けきびすを返すのだった。
☆ ☆ ☆
「……というわけなんですけど」
ダンジョンを出て首相官邸へと【ゲート】を使ってワープした俺と新木は、内閣総理大臣秘書官の佐藤さんにここまでの経緯を説明した。
「なるほど、大きくて頑丈な扉ですか」
「ああ。結城でさえ壊せなかったんだからほかの誰がやってもまず無理だと思うぜっ」
となぜか自慢げな口ぶりの新木。
「そうですか、ふ~む……」
佐藤さんは口元に手を当て考え込む。
「ちなみに先ほど話に出ていた二本松さんという方ならなんとか出来るのでしょうか?」
そう言って俺に顔を向ける佐藤さん。
佐藤さんは二本松については初耳だったようだ。
二本松を毛嫌いしている新木のことだから、二本松のことに関してはあえて触れてはいなかったのだろうな。
「ええ、まあ。多分、二本松ならなんとかなると思います」
「それほどまでに二本松さんという方はすごい力の持ち主なのですか? 結城さんよりも?」
「言っとくけどあいつは力が強いわけじゃないぜ。単純なパワーやスピードならあたしの方が断然上だしなっ」
訊ねてくる佐藤さんに新木が返事をする。
「それではどういう……?」
「二本松は補助魔法の使い手なんです」
「補助魔法……? 申し訳ありません、補助魔法というものは具体的にはどのようなものなのでしょうか?」
「そうですね、補助魔法っていうのは例えば、こぶしに炎の属性をつけたり、寒熱耐性のあるバリアを張ったり、身を軽くして体を宙に浮かせたり、ダンジョン内のトラップを発見したり……」
「トラップなんてダンジョンにはほとんどないから別にいいんだけどなっ」
と新木が口を挟んだ。
「それから――あらゆる扉を開けることが出来たりもします。二本松なら」
「なるほど、そういうことなのですか。それで二本松さんならばと仰られたわけですね」
「はい」
俺がうなずくと佐藤さんは「少し失礼します」とスマホを取り出し、何やら操作を始めた。
そして数十秒後、スマホをしまった佐藤さんは、
「これから二本松さんに会いに行きましょう」
平然と言う。
「え? 会いに? 二本松にですか? で、でも、どこにいるのか俺たち居場所を知りませんけど……」
「っていうかよお、まだ異世界で女遊びしてるんじゃねぇのか、あいつのことだから」
俺と新木の言葉にも佐藤さんは表情を変えず、
「いえ、たった今確認が取れました。その二本松さんという方は現在東京におられます」
そう続けたのだった。