第42話 リビングボム
ダンジョンに入るとすぐに地下へと続く階段があった。
俺と新木はそれを下りていく。
――板橋区のダンジョン地下一階。
地面は大量の砂に埋もれていて、歩くたびに足をとられる感覚があった。
俺の前を行く新木は、
「歩きづらいなー……ったく」
と一人文句を垂れている。
「それにやけに暑くないか、ここ」
「ん? ああ。まあ、そうだな」
たしかに新木の言う通り、ダンジョンの中はひどく暑くまるで砂漠を歩いているかのようだった。
「あー、あっつい、暑いっ」
暑さに耐えかねた様子の新木が、自分のTシャツを掴んでぱたぱたとあおぎ出す。
「やめろよ、みっともない」と言いたいところだが、あまりの暑さに俺もそれに倣うことにした。
「なあ、結城。ここのダンジョン、やっぱやめにしないか?」
新木が振り返って俺に言う。
「それは駄目だ。今回は佐藤さんからの指定があってここに来たわけだからな」
「夜になるとモンスターの鳴き声がうるさいってやつだろ?」
「ああ。だからそれを解決するまでは帰れない」
「はぁ~、面倒くさいな。結城が安請け合いするからだぞ」
それを言うならお前も賛成しただろうが。
自分のことはすぐに棚に上げる、新木の悪い癖だ。
歩きながら、
「こんな時に二本松がいたらよかったんだけどな」
俺は天井を見上げふと口にした。
すると新木が即座に反応し、
「おい、あんな奴の名前なんか出すなよっ」
苦々しい顔を俺に向けてくる。
「なんだ、二本松のことまだ嫌いなのか?」
「当たり前だろ、あんな気持ちの悪い奴っ」
言いながら自身の体を抱きしめて身震いする新木。
よほど二本松に対して嫌悪感があるらしい。
ちなみに二本松というのは俺と新木とともに魔王退治の旅をしていたもう一人の仲間のことで、補助魔法師として異世界に召喚された男のことだ。
年は俺の一つ上で異世界に召喚される前は東京でホストをやっていたという二本松は、とにかく女好きでチャライ奴だった。
なので新木はそんな二本松のことを軽蔑していたようだったが、今でも名前を聞くだけで身震いするということは心底嫌いだったのだろう。
「でもあいつも頼りになるだろ。実際もし二本松がここにいたら、こんな暑さくらい感じないように魔法をかけてくれるだろうし」
「あたしは嫌だねっ。あんな軽薄男に世話になるくらいなら喜んでこの暑さを受け入れてやるさっ」
言いながら額の汗を拭う新木。
これ以上二本松の話をすると新木の体温がさらに上昇しそうなのでここまでにしておくか。
「じゃあ文句言ってないで先進むぞ」
「わかってらあ」
およそ女子とは思えない返事をしつつ、新木は通路を先へ先へと進んでいくのだった。
☆ ☆ ☆
ダンジョンの地下一階にはモンスターもアイテムも見当たらなかったので、俺たちは地下二階へと向かった。
そして板橋区のダンジョン、地下二階。
そこに下り立つと一体のモンスターがゆっくりとこちらに近付いてきた。
モンスターの名前はリビングボム。
トゲトゲのついた大型爆弾のようなそのモンスターは、見た目通り自爆攻撃を得意としている。
パワーもスピードも大したことはないが、自爆に巻き込まれるとそれなりのダメージを受けることになる。
特にDEFの数値が俺の半分以下である新木は、まともにくらうと致命傷になりかねない。
そこで俺は新木に注意をうながす。
「新木、そいつは自爆するからな。一応気をつけとけよ」
「知ってらい。あたしだってリビングボムとは異世界で何度も戦ってるんだからなっ。結城はあたしのこと馬鹿だと思ってるのかっ?」
「それならいいんだ」
新木は馬鹿なくせに馬鹿だという自覚がないから厄介なんだ。
おかげで俺は遣わなくてもいいような気まで遣う羽目になる。
「相手は一体だ、あたしがやるから結城はそこで見てろよっ」
言うと新木はリビングボムめがけ一直線に駆け出した。
まあいいか。
念のため注意はしたし、いざとなれば【ヒール】で回復してやればいいだけだ。
【デスフレイム】や【ファイナルソード】とは違って【ヒール】は一日の使用限界回数が三十回とかなり多いので心配はないだろう。
などと考えていると、
ドガァァァァーーーン!!
爆発音が辺りに響き渡った。
早速リビングボムが自爆したようだ。
「新木、大丈夫かっ?」
砂煙が立ち込めていて前が見えない中、俺は前方に声を飛ばす。
と、
「ああ、平気平気っ!」
新木の軽やかな声が返ってきた。
砂煙の中から新木が顔をのぞかせる。
「あいつ、勝手に自爆しやがったぜっ」
ドヤ顔で言い放つ新木に、
「自爆する前に倒せよ。砂ぼこりがすごいぞ」
俺は目をこすりながら言ってやった。
「気にすんなよ、そんなこと。それよりあいつアイテム落としていったぜ。ほら、見ろよっ」
声を弾ませる新木。
その手には爆弾石が握られていた。