第40話 板橋区のダンジョン
北海道から帰ってきて三日目の朝。
内閣総理大臣秘書官の佐藤さんから俺のスマホに連絡があった。
それによると、今回に限っては探索するダンジョンを政府側が指定したいということだった。
佐藤さん曰はく、そのダンジョンの入り口からは夜な夜なモンスターのうめき声が聞こえてきて、近隣住民がそれを怖がっているのだとか。
『別にいいんじゃねえか。あたしは構わないぞ』
その件を新木に電話で伝えたところ、電話口の向こうで新木がそう言った。
「そっか、わかった。じゃあ、そう佐藤さんに話しておくからな」
『了解っ』
俺は新木との通話を終えると、再び佐藤さんと話をする。
「……というわけなんで、大丈夫ですよ」
『ありがとうございます。それでは早速ですが、板橋区の方にあるダンジョンに向かってもらえますか? 地図をお送りしますので』
「わかりました。このあと新木と合流したらすぐ向かいます」
『お願いいたします』
こうして俺と新木は板橋区にあるダンジョンの探索を引き受けることとなった。
☆ ☆ ☆
タクシーで新木の泊まっているホテルの近くのコンビニに立ち寄り、そこで新木を乗せてから今度は板橋区のダンジョンへと赴く。
タクシーの中で軽めの朝食をとりつつ、俺は斜め前の助手席に座る新木に目を向けた。
どうしてこいつはタクシーに乗る時はいつも助手席に腰を下ろすのだろう。
運転手さんが微妙に居心地悪そうにしていることに気付かないのだろうか。
そんな思いから眺めていると、
「ん? どうかしたか?」
俺の視線には気付いたようで、新木が振り返り訊ねてくる。
「あー、いや別に」
「ふーん、そっか」
と前に向き直るも、
「あっ、そうだっ。リコが北海道に来てくれてありがとうございましたって言ってたぞ」
思い出したように新木が再度振り返った。
リコちゃんというのは新木の妹で、両親と北海道に住んでいる。
そのリコちゃんに会いに俺と妹のミキはつい最近北海道に行って帰ってきたばかりだった。
「結城とミキちゃんに会えたのが本当にうれしかったみたいでさ、電話でずっと二人の話ばっかりしてたぞ」
「そうなのか。うちも北海道から帰ってきてから妹が普段よりもテンション高いよ。下手すりゃまたすぐにでも北海道に行こうとか言い出しかねない感じだ」
「あははっ、そりゃよかった。だったらまた近々ミキちゃんを連れてあたしたち三人で北海道に行こうぜっ」
「え、いや、俺はもういい。今度は二人で勝手に行ってくれ」
「えー、なんでだよっ?」
新木はタクシーの中だということも忘れて声を大にする。
「女子会は三人でやればいい。俺がいたら変に気を遣うだろ」
というのは半分建前で、実際は【ゲート】という便利なスキルがあるのに、わざわざ時間をかけて長距離移動するのが面倒なのだ。
新木と二人だけならともかく、妹がいては【ゲート】は使えないからな。
「あたしは結城に気を遣ったりなんかしないぞっ」
自信満々に言い放つ新木。
「お前は知らんけど、リコちゃんは絶対俺に気を遣ってるんだよ。だから今度は妹と二人で行ってこい。なんなら旅費は全額俺が出してやってもいいから」
「えっ、ほんとかっ?」
新木は顔をほころばせ訊き返してきた。
俺と同じ分だけ大金を稼いでいるというのにがめつい奴め。
「そっか、それなら今度は結城抜きで北海道に行ってみるかっ」
「そうしろ、そうしろ」
旅費を出すだけでしばらく新木から解放されるのなら安いものだ。
「お客さん、着きましたよ」
そうこうしているうちに目的地に到着したようだ。
タクシーの運転手さんが口を開いた。
その途端、
「よっしゃ! 先行ってるぞ結城っ」
運転手さんがドアを開けるのも待たずに、新木は自分でドアを開け放ちさっさと出ていってしまう。
「すみません、あいつうるさかったですよね」
俺は財布からお金を取り出しながら運転手さんに顔を向けた。
異世界にいた頃から新木のフォローはいつも俺の役目なのだ。
「いえ、元気があって楽しいですよ」
「そ、そうですか……?」
俺は運転手さんの返答に訝しがりながらもとりあえずお金を払う。
「それにすごく美人で。彼氏さんがうらやましいですよ」
「は、はあ……」
どうやら俺のことを新木の彼氏だと勘違いしているらしい運転手さんが、俺の目を見てそんなことを言ってきた。
否定しようかとも思ったがやり取りに無駄な時間をとられそうだったので、適当に返事をしてそのままタクシーを降りる。
「おーい! 結城、何ちんたらしてんだ、早く来いよーっ!」
すると遠くの方から俺を呼ぶ新木の声が届いてきた。
相変わらず声がでかい。地球は自分中心に回っているとでも思っている人間の声量だ。
そのせいで周りにいる通行人たちも何事かと俺に視線を向けてくる。
こんな奴が彼女だって?
勘弁してくれ。
こんなのと四六時中一緒にいたら、俺は周囲に気を遣いすぎてノイローゼになってしまうかもしれない。
「結城ーっ、聞こえてんのかーっ! ダンジョン探索早くしようぜーっ!」
俺たちがダンジョンを探索していることは秘密のはずだろうに……はぁ~、やれやれだ。