第21話 地下十二階
墨田区のダンジョン、地下十一階にて。
「ちょっと疲れたな、少し休憩するか」
俺が振り返り後ろの新木に声をかけると、
「えっ、冗談だろ。こんなゾンビだらけのダンジョンで休憩なんか絶対嫌だぞ」
新木は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「つうかそもそもあたし別に疲れてないし」
「それは俺だけが戦ってお前は何もしてないからだろ」
そう。新木はゾンビ相手にただずっと逃げ回っているだけ。
だから出てきたモンスターすべてを俺が一人で相手にしていた。
「返り血を浴びないようにしながら使い慣れない槍で戦うのって結構疲れるんだぞ」
「だったらもう帰ろうって。佐藤さんには適当に報告しとけばいいじゃんか」
「あいにく俺はそういう無責任なことをしれっとやってのけられる性格じゃないんでな。帰りたきゃ一人で帰れ」
「え、いいのか帰ってもっ?」
新木は一転して顔を明るくさせる。
「俺はいいけど、たしか二人一緒じゃないとダンジョン探索しちゃいけないって条件があったから松原首相はどう思うかな。約束を反故にすると最悪日本政府を敵に回すことになるかもしれないぞ」
「な、なんだよそれ。脅してるのかっ?」
「別に。思ったことを言ったまでだよ」
松原首相が俺たちを敵に回すような真似はまずしないだろうがな。
だがまだ十九歳で世間知らずな新木は俺の発言を信じたのか、「日本政府を、敵に回す……」とぶつぶつ一人でつぶやいている。
「まあ、実際のところ休憩はまだいいけどさ。でもこのダンジョンがどこまで続いているかわからないんだから、どこかで休むことは覚悟しておけよな」
「わ、わかったよ。ちくしょう」
だが俺と新木のこの思いは杞憂に終わることとなる。
というのも次の地下十二階こそがこのダンジョンの最深階だったからだ。
☆ ☆ ☆
地下十二階にたどり着くとこれまでとは空気が一変した。
鼻が曲がるような悪臭はなく、澄んだいい匂いが辺りを包んでいた。
「なんだ? ここさっきまでと同じダンジョンか?」
新木が目をぱちくりさせている。
俺も同様のリアクションを取っていた。
「新木、一応気をつけとけよ。ここまでとは違うモンスターがいるかもしれないからな」
「了解っ」
白い歯を見せ答える新木。
俺と新木のレベルはともに限界レベルの999。
もうこれ以上上がることはないわけだが、俺と新木のステータスにはかなりの開きがある。
おそらくそれは俺が勇者で新木がポーターとして異世界に召喚されたからだろう。
ATKにしろDEFにしろAGIにしろ、新木は俺の数値の半分にも満たないので、魔王との戦いの際は実質俺と魔王の一騎打ちだった。
先日のキングゴブリンを相手にした時も新木は頭に怪我を負ったが、俺ならばそんなことにはならなかったに違いない。
つまり新木は人間としては世界最強クラスだが俺と比べると大して強くはないことになる。
そんな新木が異世界にいたモンスターよりもずっと強力なモンスターを相手にしたらどうなるかわからない。
そんな思いから俺は新木に注意をうながしたのだった。
ゾンビに遭遇することもないまま俺たちは長い一本道の通路をひたすら歩いた。
するとその先に円形状の広い空間があった。
そこに入るやいなや、今通過したばかりの出入り口が壁で覆われ塞がれてしまった。
「閉じ込められたのかっ?」
「そうみたいだな」
「あいつの仕業か?」
「……多分な」
新木と俺は円形状の空間の中央に鎮座しているモンスターを見据え声を飛ばし合う。
『グオオオォォォーー!!』
雄たけびを上げるそのモンスターには見覚えがあった。
牛のような上半身と馬のような下半身を併せ持ち、手には大きな円錐状の槍を持ったモンスター。
その名もミノケンタウロスだった。