第19話 下級ゾンビ
――墨田区のダンジョン地下二階。
ここもさっきと同様嫌な臭いが漂っている。
そしてやはり下級ゾンビが姿を現した。
『ガァァァ……!』
敵は一体だけだが新木は下級ゾンビから距離を取り、倒す気などさらさら感じられない。
またも俺がやらなきゃいけないのか。
しかし使用回数に限りのある【デスフレイム】を一体の下級ゾンビに放つのはもったいない。
「新木」
「な、なんだよ」
「逃げるぞっ」
「え、お、おいちょっと、待てって」
新木を置き去りにして俺は下級ゾンビとは反対の方向に駆け出した。
まさか置いていかれるとは思っていなかったのだろう、新木が必死な顔で猛追してくる。
下級ゾンビは動きがのろいためわけなく逃げ切ることに成功した俺たち。
だが新木は俺に向かってぶつくさと文句を垂れていた。
「いきなり逃げ出す奴があるかよっ。それも女のあたしを置いてなんてありえないだろっ。まったくどういう神経してんだっ……」
「俺だってゾンビは苦手なんだよ」
「だからってなぁ、あたしは女だぞっ。男は女を守るもんだろっ」
意外と古い価値観をぶつけてくる新木。
それならば常日頃からもっと女らしく振る舞ってほしいものだ。
「ここから先はゾンビが出たら極力逃げよう。別に倒せないことはないけど俺はゾンビの返り血と返り肉で汚れたくはないからな」
「あたしだってそうさっ。っていうかいっそこのダンジョンはやめて違うダンジョンに行かないか?」
「それはどうだろうな。佐藤さんの手を煩わせることになるかもしれないからな、出来れば勝手なことはしたくないな」
「結城は八方美人なんだよ。そこが結城の悪いところだぞ」
「新木、お前こそもっと周りの目を気にしろ」
などと言い合いしているとさっきの下級ゾンビが追いついてきたらしく、
『ガァァァ……!』
と通路の奥の方からうめき声が届いてきた。
「はぁ、こういう時のためにやっぱり武器は必要なのかもな」
「佐藤さんがせっかく刀を用意しようかって言ってくれたのにさ、結城が素手の方が戦いやすいって断るから」
「だって実際そうだろ」
俺も新木も格闘術や剣術の心得はほとんどない。
ただ人より体が丈夫で運動能力が並外れているというだけだ。
なのでほぼほぼ剣術ド素人の俺たちが刀を握ったところで、それを上手く扱えるとは思えなかった。
むしろ邪魔になりそうな気がしたのだ。
異世界にいた時も武器や防具を手に入れることは出来たが、それもやはり身動きがとりにくくなるだけだと俺たちは一切装備することはなかった。
「じゃああいつらどうすんだよ」
「俺のデスフレイムはあと九回。ファイナルソードにいたっては一回こっきり。それでも追い詰められたら使うしかないか……」
「使い切ったらどうすんのさ」
「その時は仕方ないだろ。素手で倒すしかない」
「ええーっ、マジかよっ!? 最悪じゃんか」
新木が苦々しい顔をして声を張り上げる。
「せいぜいゾンビたちに囲まれないように祈るんだな。ってことでまた逃げるぞっ」
「あっ、だから置いてくなって!」
☆ ☆ ☆
……俺はやはりついていないらしい。
逃げた先には下級ゾンビの大群が待ち構えていた。
そして気付けば後ろにも下級ゾンビの群れ。
完全に囲まれた。
「相変わらず結城って運が悪いのな。たしかLUKの数値だけ異常に低かったもんな」
俺のせいだと言わんばかりに恨みがましい目で俺を見てくる新木。
まるで戦犯扱いだ。
「責任取って結城がなんとかしろよ。あたしは絶対にゾンビどもには指一本触らないからなっ」
「わかったから黙ってろ」
俺は新木を一瞥してから下級ゾンビたちに向き直った。
そして道を塞いでいるそいつらに向けて、
「デスフレイム! もう一発、デスフレイム!」
大きな炎の玉を連続で放ってこの世から完全に焼失させた。
【デスフレイム】……残り七回。
【ファイナルソード】……残り一回。