第16話 約束
中野区のダンジョンをクリアした翌日、俺が惰眠をむさぼっていると妹の声が耳元で聞こえてきた。
「……ちゃん、お兄ちゃんっ、起きてったら。もういつまで寝てるのっ」
「……ぅん……今日は日曜日なんだから、寝ててもいいだろ……」
「駄目だよっ。今日はわたしの友達がうちに来るんだからお兄ちゃんがだらしないと恥ずかしいじゃんかっ」
「……別にその友達と俺が会うわけじゃないんだから、関係ないだろうが……」
「関係大アリだよっ。忘れたのっ? 今日はお兄ちゃんが付き添ってくれる約束でしょ!」
俺の耳元で騒ぎ立てる妹。
約束……?
はて、なんだったか……?
「ほら、いいから今すぐ起きてっ!」
妹は無理矢理俺のベッドのシーツを引っぺがすと俺を床に落とした。
「いてっ」
顔から落下した俺は鼻を強打してしまう。
「なんだよ、もう……せっかくいい夢見てたってのに……」
「そんなことより今日はプールに連れてってくれる約束だったでしょ! 友達が来ちゃったらどうするのっ!」
「プール……? あっ!」
俺はそこで思い出した。
たしか先週、妹が友達とプールに行きたいけど保護者が同伴じゃないと入れないプールだとかで、俺に付き添ってくれるよう頼んできたんだった。
……すっかり忘れてた。
その時も眠たかったから適当に返事をしたんだった。
「約束の時間って何時だったっけ?」
「十時だよっ」
「今は何時?」
「九時五十分っ」
「なっ……もう十分しかないじゃんか。なんでもっと早くに起こさないんだよ」
「起こそうとしたけどお兄ちゃんが起きなかったんでしょ!」
妹がぷんすか怒って地団太を踏む。
「わかった、とりあえず支度するから部屋出ててくれ」
「もうっ。早くしてよねっ」
ドアをバタンっと閉めると妹はどたどたと階段を一階へ下りていった。
「はぁ~……面倒くさ」
一週間前の自分に愚痴をこぼしながら俺は服を脱ぎ始める。
☆ ☆ ☆
ピンポーン。
時刻は午前十時。
約束通りに妹の友達がやってきたようだ。
「いらっしゃーい。道わかった?」
「うん、大丈夫だったよ」
「お邪魔しまーす」
などと妹を含めた女子中学生たちの声が二階の自室まで届いてくる。
「ちょっと待っててね。すぐお兄ちゃん呼んでくるからっ」
妹の声がしたかと思うと、
「お兄ちゃん準備できたっ? もうわたしの友達来たよっ」
階段を上がってやってきた。
「ああ、問題ないよ」
「ちょっ何その恰好? それで行くつもりなのっ?」
「何って、どこかおかしいか? いつもの恰好だろ」
「う~~ん……もう時間もないし今日はそれでいいやっ」
気になる言い方をして妹は階下に向かった。
鏡で全身を確認して、
「変じゃないよな、うん」
俺も一階へと下りていく。
リビングには妹と妹の友達が二人いて、みんなでわいわい麦茶を飲んでいた。
俺を見るなり、
「あ、ミキのお兄さんですか? よろしくお願いしますね~」
「ミ、ミキちゃんのお兄さん。き、今日はよろしくお願いしますっ……」
化粧をした茶髪の女子と眼鏡をかけたボブカットの女子がそれぞれ頭を下げる。
「ああ。こちらこそよろしく」
「っていうかその服なんですか~?」
茶髪女子が人懐っこい笑みを浮かべながら近寄ってきた。
俺の全身を物珍しそうに眺める。
「ん? これは甚平だけど……何か変?」
「う~ん、変じゃないですけど~、なんていうか微妙~?」
首をかしげ言う。
「え、微妙なの? 涼しいし楽なんだよこれ」
「そうなんですか~。まあお兄さんが気に入ってるならいいんじゃないですか」
茶髪女子の口ぶりからすると、どうやら甚平を着た俺の恰好はあまりいい印象ではないようだ。
そんな俺を気遣ってか、眼鏡女子が「わ、わたしは似合ってると思います……よ」と消え入りそうな声で褒めてくれた。
「お兄ちゃん、そろそろ行かないとプール混んじゃうからもう行こっ」
「ん、ああ、わかった」
「じゃあ、志保も麻美子も行こっ」
「オッケー」
「う、うん」
こうして俺はせっかくの休日に女子中学生三人の保護者としてプールに同行することとなった。