追放展開
「あなたを一団から追放します」なるべく冷淡に保とうとした声が、食堂内に響いた。昼過ぎで混み合ってはいない。他の席に幾人かの客がいる。
「そんな、ルースさん。なんで急に」対面の少年は、立ち上がってテーブルを叩いた。卓上の食器の音が鳴る。感情的な行動だが、声は怯えた小動物のそれだ。一間あって、彼はあたりを見渡す。人目を意識して、途端に冷静さを取り戻し、座り直した。
「落ち着いて、チャーリー。もう決めたことよ」座ったまま身を乗り出して、意志が堅いことをアピールする。
私の意志は揺れている。仮想通貨なみに乱高下している。
いやもう、なんで私がこんな憎まれ役を。
ああ、胃が痛い。内心の狼狽を気付かれないように呼吸を整えた。ひとまず、人目のある食事処で話すのは正解だった。
何かのビジネス書で読んだ気がする。感情的な話題は人前で。その方が、相手の激情を抑えてくれるそうな。豆知識程度に覚えていた事だ。よもや私自身が、人の人生動かすよな側にあるとは思いもよらない。かつて人事担当の知り合いが言っていた。万能感がありすぎて嫌になるよ、と。
目の前の意気消沈する少年を、チャーリーを見て感じた。
万能感。そんなものはない。無力感だ。私はいま、自ら進んでこんなことを言っているんじゃない。
黒幕からの命令なのだ。
ふと、卓上のカップを見る。曲面の光沢の中に人影がうっすらと浮かんだ。性の悪そうな笑顔を浮かべながら、サムズアップしている。
後ろを振り返る必要はない。こいつはここに居ないのだ。ときおり、私だけに見えるように姿を現しては、けったいな命令をしてくる。
悪霊に取り憑かれている気分。上役の言う通りに首切りする人事担当は、このような心境だろうか。
「ほかの仲間は……なんて言ってるんですか」チャーリーはうなだれて、目を合わせる気力もなさそうだ。
「承知の上よ。これは決まったことなの」もはや結論ありきの問答だ。
多少、論が破綻していても、追放するのは既定路線。せっかく異世界くんだりまで来たというのに、やることと言ったら、中間管理職ばりの辞令のスルーパスだ。
「そう、ですか」表情には怒りより、悲しみの方が多く含まれていた。「僕はやっぱり役立たずだったんですね。父さんに言われたとおりだ」その溜め息は、魂さえも吐き出してしまいそうだ。
ああもう。なんて不憫な。申し訳ない。すみません。ごめんなさい。慚愧に堪えない。あらゆる言葉を弄して謝罪したいが、それでは団長として様にならない。
「まったく役に立ってないってことは……」料理とか、武具の補修とかは器用にやってくれてたし……なにより食事の時間が楽しみで楽しみで……
私が思わず、弱腰になってフォローを入れそうになると、壁に飾られた盾が光った。ヤツの姿が映り込む。親指で首をなぞり首切りのジェスチャーをしている。なんと邪悪な存在だろうか。
なんで私がこんな立ち位置になっているんだか。不条理を押し付けられて、不条理を押しつける側にいるとは。
胸のあたりがムカムカしてきた。胃の中でハリネズミがブレイクダンス踊っているかのようだ。
向いていいなことをやらされることほど辛いことはないよなあ。
「がんばります。もっと戦いに貢献できるように」チャーリーの言葉に嘘偽りはないだろう。
しかし「向いていないのよ」そうとしか言えなかった。多少剣術の心得がある程度では、”狩り”に出るには不十分だ。魔術の素養もなく、目くらまし程度にもならない。
私は、故郷の世界に思いを馳せた。不向きのままで生きていかないといけない世の中もある。鳥と魚と猿を集めて、一律で木登りを学ばせるような社会にいたからなあ。気持ちは痛いほど分かる。頑張れば、十人並みにはなれるのではないか、なんてね。
命を懸けて不向きを強いる必要はない。チャーリーの場合はすでに結論が出ている。彼は、すでに頑張ってきた。
「わかっているはずよ」私は、ダメ押しに袖をまくって腕の怪我を見せた。傷痕が残るような重傷ではない。しかし、これは明確に、チャーリーが原因と言える怪我だった。「コレ自体は大した問題じゃない。でもコレ以上を想像せずにはいれないの。団長としてはね、起こる前の問題にも対処しないといけないのよ。あなたと一緒では、あの山を越えられない」
それっきりチャーリーは、食い下がる気力をなくしたようだ。首から下げたペンダントをもてあそんででいる。彼の気が沈んだときの癖だ。
「それじゃ、ここでお別れですわよね」私は、杯をとって酒を飲み干した。芝居がかったふるまいでもしないと、この場で泣いてしまいそうだ。
立ち上がって、多めの代金を払った。厨房の店主に声をかける。「コレで温かいスープでも飲ませてやって」そのまま食事処をあとにした。
裏路地にまわり、ひと気がないのを確認する。
「うぼうぇあああ」吐いた。
胃がそのまま裏返ったように吐き出す。心労が身にのしかかる、というより胃に全のしかかりだ。
少し、マシになった腹を擦りながら。
「私が追放するほうかよっ!」行き止まりに向かって悪態をつく。建物の影の中から、最初からそこにいたように人影が現れた。
「ちょいとひ弱さが垣間見えたけど、なかなか悪役らしかったよルースちゃん」悪霊の登場だ。純白のローブを身にまとっているが、私には腹の黒さが透けて見えて、悪霊にしか思えない。そいつは……ジーナは、常からの薄ら笑いをさらにゆがませて、笑い始めた。「それにしても。お別れですわよねって、もう少しお嬢様構文を練習したほうがいいね」ひとしきり笑った後、短い銀髪を整えなおした。
「うっさいわよジーナ。それより、私が追放する側でこの展開は成立するの?」
「大丈夫だよ。要素がかすってるだけでもサジェスチョンされる場合もあるし、ホットワードはなるべく熱いうちに打ち込まないとね」
「流行りにのっかるにしても、それっぽい要素だけでいいなんて。そんな志のないブロガーが時事ネタ拾い食いするみたいな絡み方でいいわけ?」
「いいのいいの、視聴者へリーチを増やせればそれで勝ちなんだからさ。ホントよくできました」そう言いながら、ジーナは私の頭を撫でてきた。労いのつもりだろうか。実体がなからまったく感触もないのだが。「このあと、チャーリーくんが復讐に来てくれたりしたら、それはそれで盛り上がるんだけどなぁ」
「そんなのごめんよ。半透明の人生で、人に恨まれたことないのが唯一褒められたところだったのに」チャーリーの顔を思い出したらまた胃が痛くなってきた。「こんなことでこの世界が救われるだなんて」
「まあね。でもこれだけじゃぁ好奇心を掴むには弱いね。もっといろんな要素を継ぎ足していかないとね。でもやっぱり復讐モノは人気があるよ。まあ放っておいても、あのかわいらしいチャーリー少年が、ブロンソンみたいな渋い顔つきで戻ってくるかもしれないね」
「そんなことになったら、身を隠すわよ」
復讐展開と言われて、ひとつの思い付きがあった。
追放された可愛そうな少年が、私に復讐を誓っている可能性がなくもないのだけど。
私も誓いをたてよう。この場面は、追放した私が、追放させたヤツに復讐を誓う場面なのだ。
「とりあえず。一団のみんなに報告してくるわ」私は路地裏を後にする。頭の中では、今後の算段と、これまでのことを思い返していた。
なんで、こんなことになってるんだか。
初めまして。よろしくお願いいたします。ご縁に感謝します。
次回から導入部、みたいな構成です。
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