7_儀式②
殺してみろよ、と俺に向かって宣った山羊の男の素顔は、何回見直しても凄まじい美貌、としか言いようがなかった。違和感を感じさせる美貌、とも言えると思う。
真っ白い肌に銀の長髪。そして毒々しいほどに紅い目と唇。
もしコイツが女装したら……王国始まって以来の絶世の美女、と呼ばれるセシリー王女と双璧を成すと言われるのではないだろうか。そう思わせるほどだった。
不思議だ。美しい女の顔から男の声がして、その言葉が全く美しいものではないからだ。
そして、山羊の男はバラバラになった死体を魔法陣へ風魔法で集めた。
そうすると。何やら取り巻きが大きな袋のようなものを持ってくる。
山羊はそこに無造作に腕を突っ込むと、人の上半身くらいはあろうかという、巨大な腐りかけた肉塊を取り出した。
その肉塊は腐って腐臭を放つのみならず、明らかに魔力を帯び、外へ放出していた。それも異質な、この世のものとは思えない悪しき魔力を。
そして、山羊の男は謎の肉塊を魔法陣の中へ投げる。
『あの肉は……呪物!しかも、あの気配……まさか!』
ディアが独り、驚いたようにそう呟いた。
呪物?あの腐りかけた肉が?
「ま、正しいプロセスじゃねぇけど時間がねぇな。降魔の儀、発動!!!」
山羊の言葉と共に、恐ろしい魔力が集まった。
何だ?これは?
俺は、地べたに打ち捨てられた若い娘を抱きかかえた。やはり、この子は部外者、もしくは被害者のように感じたのだ。
『エイス様、非常にまずいです』
それは俺もわかる。魔力の量と質がおかしい。
この世の負のエネルギーを全て集めたかのような嫌な感じのする魔力だ。
と、俺は周りを見渡し驚愕した。
頭までローブを羽織っていた取り巻きの男のうちの一人が明らかに巨大になっていっているのだ。筋肉がみるみるうちに肥大化し、頭の形が変わる。いや、待て、コイツは……。
その男の頭は牛の形に変わったのだった。
ミノタウロス。
どこからどう見ても、そうとしか思えなかった。
その隣の男は、身体が大きくなり、前腕が巨大化する。同時に体毛が一気に濃く長くなる。
……コイツは、黒狼虎だ。
俺は混乱していた。
ちょっと待てよ……。コイツら14階層にいた魔獣とおんなじ種類じゃねえか。
そうして次々と取り巻きの連中はそれらの魔獣へと姿を変えていった。
一体なんなんだ!?
「……今回は失敗か。やっぱプロセスを踏んだ女の骸じゃなきゃダメだな」
山羊の男はそう呟いた。
いや、待てよ!意味わかんねえよ!
「まぁ、面白いヤツが見つかったからいいけど!」
そう言うと、山羊の男は凄まじい鬼のような貌で俺を見た。
山羊の男が右手を前に出し魔力を集める。
「彊窪涙李油俳剰邪救幣眉…… 軒榛花総翫蝦戊湿畿…… 釆燈……蘇麗窟鼎覆待」
俺は山羊のその詠唱らしきその言葉を聞いた。
そして、ぞくりと背筋が凍った。全身の毛がそそけ立つような悪寒だ。
何を喋っているのかは当然分からない。だが、その言葉に秘められた言霊というか情報の量、質、密度、立体感、魔力が練られてゆく速度、それらすべてが並の魔法のそれでないのだ。
一体、どれほどの魔力を練って、具象化しようとしていやがるのか?俺には見当もつかない。
『……エイス様、あちらへ私を向けて、私が合図をしたら引き金を引いてください』
え?
俺は言われた通りに、山羊の男の方向へ武器を向けた。すると、さまざまな部品の位置が入れ替わり、武器の形が変わって筒のような形になった。え?なに?何なの?
そして、そのときを皮切りに、こちらにも膨大な魔力が練りあがるのを感じた。
『安全装置解除。荷電粒子収束光魔導法 極光銃の発動準備を完了しました。トリガーを引き、衝撃に備えてください』
「火炎魔法追蛇獄炎……」
ディアが俺に説明したその瞬間、山羊の男は球状の、極めて高密度に圧縮した青白い炎の魔法を放ってきた。最高位の炎魔法。俺に分かったのはそこまでだ。
それが俺の前方1.5メートル付近まで迫っている。
燃、(避けても)無駄、熱、死
そういったところを俺はその極めて短い時間でイメージした。
その死の直観と同時に俺は、トリガーを引いた。
次の瞬間に見たのは謎の魔法陣と、そこから放たれる直視できないほど眩い光だ。
圧倒的な光線状の光が前方に聞いたことのないような、耳をつんざくような高音とともに、武器から放たれた。炎魔法を光が呑み込み、直進する。
そして予告された衝撃が発生した。瞬間、俺の身体は後方に吹き飛んだ。それだけではない。左の肩の骨が外れて、ぼきり、と嫌な音を立てた。
俺と娘は後方に叩きつけられた。
「いってえ!!」
とんでもなく肩が痛い。あと背中も。
おそらく数秒間はその光が放たれたと思う。
そして俺は前を見た。
な、なんだと……。
目の前には上半身が吹き飛んだ山羊の男と、外の通路へ繋がる巨大な穴が空いていた。
ウソ、だろ?恐らくかなりの部分がミスリルできている、破壊不能なモノの代名詞、ダンジョンの壁に穴だと?
『エイス様!ヤツが復活する前に逃げて下さい!』
ディアが珍しく、そう叫んだ。
見ると山羊の男の下半身は少し動いていた。
「くそっ!!何だって言うんだよ!!!」
俺は若い女を背負って固定すると、その空けた穴に向かって全力で走った。後ろから魔獣化した連中が、追いかけてくる。
それでも、全力で逃げる。
と、俺は肩が外れていない方の腕で武器を持ち、後ろへ魔弾を撃った。
何発か命中し足止めに成功する。
そしてまた全力で逃げる。
俺は本当にかつてないほど、以前よりも全力で走った。
もう一人抱えながらだからしんどかったが、俺は脚は速い方だ。
必死に逃げる。魔弾を撃つ。必死に逃げる。
そうして10階層、5階層、2階層と上がってくるにつれ、魔獣化した連中は徐々に姿を見せなくなった。
そして、出入り口だ。やった!ついにここまで来たか!俺は感動に打ち震えていた。
そして、外に出る。
光が眩しい。訳の分からない状況にいた俺には、その光景はいつもよりも数段価値のあるものに思えて涙が出そうになる。
さて、と。
これからどうするか。ここまで来ればまぁ一安心かな。
と、俺が安心した瞬間、目眩がした。
『……エイス様。無茶な戦闘で身体が悲鳴を上げています』
あれ?やばい。足がふらつくぞ?
・・・・・・
そこから暫く俺は記憶が途絶えることとなる。次に覚えているのは、あいつに保護された後の場面からであった。
お読み頂きありがとうございます。
本編で出た新魔法の、極光銃はビーム◯イフルみたいなイメージです。いや、もしかするとサテ◯イトキャノンくらいあるのかもしれません。
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