16_急転
【エイス視点】
さて、まぁ公文書を偽造した罪は発覚した訳だが、ことの顛末はまだ完全には明らかになっていない。
徐々に、心の折れたガイストが真実を語り始めているようであるが、錯乱しているのか、情報はまだ断片的なようだ。
さて、と。俺個人として聞きたいことがある。まあ、もうそんなに話したくもないが行かざるを得ない。
「ようガイスト」
俺は檻の中の憔悴し、やつれきったガイストに声をかけた。
「……エイス」
ガイストは目が血走り、頬がこけている。
「俺を笑いにきたのか?エイスよ」
ガイストの声は最早、弱々しかった。
「違うよ。なぁ、ガイスト。教えてくれよ。最初、俺が追放されたとき、嵌められたんだって言ってただろ?アレどういうことなんだ?」
俺のその言葉にガイストは、
く、く、く、と声にならない笑いを発する。その笑いは、どこか自暴自棄な、狂気的なニュアンスを多分に孕んでいた。
「……なんだぁ?お前気づいてねぇのかよ。お前、魔力病に勝手になったと思ってんのか?」
「いや、人為的にそれが引き起こされたのはわかるよ。だが、どうやってそれをやられたのか、分からないし、見当もつかない。お前ら二人だけでやったんじゃないんだろ?」
「く、くく。そりゃあそうだよ。今回の件はほぼ『あの方』の能力を借りて実践したからなぁ」
ガイストは血走った眼で俺を見てそう言った。
「あの方だと?誰のことだ?」
「――さあ、誰だろうな?ときに、エイスよ。お前の後輩にやけに有望なヤツがいるよな?歴代NO2の出世スピードだっけ?歴代NO1は、騎士団創設期の話だから実質NO1だよな」
あ?何を言ってるんだコイツ?
「なんで、今リタの話をするんだよ」
「16歳かそこらの華奢な娘が、伝統ある王国騎士団の隊長張ってるんだから、末恐ろしいよなぁ。しかも、ちゃんとそれに見合う実力とポテンシャルがあるってんだから」
ガイストには珍しく、他人を認めている。それがイヤに不気味である。
「お前、何が言いたいの?」
「あいつと一番仲良いのって、多分お前だよなぁ、エイスよ」
俺は徐々に胸騒ぎがしつつあった。
「わかんねぇよ。はっきり言え!」
「七番隊隊長のリタ=ホワイトは、優秀だし俺たちの目的にも気づいていたよ、ちゃんとな。だがな」
「ああ?」
「リタ=ホワイトの七番隊隊長としての顔は偽りのものなんだよ。ま、本人すらそれに気づいていないようだがなぁ!」
ガイストの高笑いが響き渡った。
何を言っているんだ?
俺の視界が蜃気楼のように、ぐにゃぁぁと回っている。
口の中が乾いて、手足が重い。
俺は……もしかして予感していた……のか?
と、そこに甲高い足音が響き渡った。男のものではない。俺は恐る恐る後ろを振り向く。
そこにいたのはリタであった。
「ケケケ、ついに黒幕のお目見えですかい」
ガイストは最早投げやりにそう言った。
「――え?な、なにを言っているんだ?ボ、ボクはエイス先輩の姿が見えたから来ただけで」
リタが動揺し始めている。
様子がおかしい。頭痛がするのか頭を抑えている。
「お、おい、リタ。大丈夫かよ」
「ボ、ボクは……」
「なぁ。エイスよ。オレ達が呪具で騎士団に催眠をかけたと思ってたんだろ?ま、将来的には保険として、そういう手段も持つつもりだったが、違うんだよ。本当はこの方の『魔族の魔法』の力なんだよ。すげぇよなぁ。エックハルト団長すら、自力で破れなかったってんだから」
嘘だ。
「お前が催眠じゃなくて魔力病にされた理由だったっけ?簡単だよ。その人に気に入られたから仲間にしようとされたんだよ」
嘘つけ!
「その人は、リタであるときもお前のために行動していたし、そうでないときも、お前のために行動していたんだよ!!まぁ、とった行動は逆だったがなぁ」
「う、うわああああ!!」
リタが大声で頭を抱えて叫んだ。
何かの魔力が生じているように見える。
それに……リタの見た目が変わっていっている。
「リタ!!おい!リタ!しっかりしろよ!」
・・・・・・・・・・
俺の呼びかけも虚しく、数刻後、そこにいたのは、リタであってリタでないものであった。
顔の作りや、体型の面での特徴は基本的には変わっていない。
だが、何故だか分からないが、一瞬にしてショートカットであった髪が長く伸びている。
天真爛漫だった目は、どこか妖艶な目つきに変わり、口もとには無感情な微笑が浮かんでいる。服装まで魔装によるものかどこか魔術師然としたものに変わり、羽衣を羽織っていた。何より最たる変化として、九本の尾が生えており、頭から犬や猫のような耳が生えていた。
俺は、不覚にもその美しさに目を奪われてしまった。いつもの健康的な、溌溂とした美しさを持つリタとは異なり、どこか幻想的な、人化した神獣のような美しさであった。
と、リタはいきなり檻の向こうのガイストに対し、手を翳した。
「……お主は失敗した上に喋りすぎだ。故にわらわが引導を渡してやる」
リタの声だが、声が恐ろしいほど冷たい。
「堕中艇劉江訪熟蚕……曽棟広堀彬楯声」
ゾクっと俺の背筋が凍る。
魔族の魔法……しかもこれまで見たものの比ではない。
魔力がリタであったものの手に集まる。
と、その場に一瞬、青白い光が走った。
これは……魔族の魔法じゃない。見覚えがあるぞ。
「……紫電」
その言葉と共にリタであったものを、雷の一撃が襲う。これは……。
「おい、こらエイス。ボケッとしてんじゃねぇよ。エックハルト団長は、追放って言ったんだぞ。死んだら追放できねぇだろ」
現れたのは、ジェミニアであった。
「お前、なんでここに?」
「……はっきり言って俺は最初から嬢ちゃんを疑ってたからな。エイスの魔力病に関しては」
「はあ?マジかよ?どんだけ人を疑ってんだ?いや……俺が甘いだけかもしれんが」
「――勿論、確信は無かったし、嬢ちゃんから悪意は感じなかったが、自覚なく利用されている可能性とかは考慮してたさ」
こいつの人を疑う能力、そして人を観察する目には恐れ入る。俺には到底真似できないな。
「さて、エイスよ。そんな訳で、今の嬢ちゃんはリタじゃねぇ。別の何かだ」
「ああ、それは俺も何となくわかる。おい、誰なんだお前?」
俺は明らかにリタの意識を持たない、その存在に語り掛けた。
「……わらわは黒の真言が一人、白狐と申すもの」
「……黒の真言だと?」
ジェミニアが抑制された驚きの声を上げる。
「おい、またテメエらかよ。何の用だよ。リタはどこだ?」
「わらわの愛すべき同胞、エイス=インザフォールを完全にわらわのモノにするために、少し入れ替わらせて頂いた」
「よく分からんが、二重人格ということかよ」
ジェミニアは頭を抱えている。
つまりだ。ベルナルドとガイストが野心を持っており、騎士団を我が物にしようとした、ということは事実であろう。それに対して、黒の真言が手を貸す、という取引を行なったのは間違いない。
「……取引の対価がお前だったってことだな。しかも先に魔力病、すなわち魔族の魔力に替えてから、お前を手に入れる徹底ぶりときたもんだ」
ジェミニアが俺の思考を読んだかの如くそう言った。
「ふざけんな」
俺はそう呟いていた。
「ふっ、まぁよい」
そうすると白狐は手と手の間に魔力を集めた。この動作。無詠唱か!
「――念動力」
瞬間、ジェミニアが一瞬で壁に吹き飛ばされた。
「ぐっ!!」
ジェミニアは壁に叩きつけられ吐血した。
「ジェミニア!!」
「エイスよ。わらわと共に……」
服装が変わったリタは妖艶な、蕩けるような眼差しと、襟元から覗く真っ白な胸元を少し、はだけさせて俺に手を差し伸べた。恐らく魅了の魔力を伴っている。俺は目の前がグルグルと回って、リタに、いや白狐に視覚を釘付けにされた。いつものリタとは違う、甘美なオーラが俺の心を塗り潰す。強烈な引力。
蕩けるような、同時に針で胸を突き刺すような、甘い、快楽のような感情が俺の胸の中を去来した。
そして、気づけば俺は手を伸ばしかけている。
『エイス様、気をしっかり持ってください』
ああ、この脳内に直接語りかけてくる声。久しぶりのディアかよ。だがもうダメだ。
『先輩……たすけて』
またディアかよ。もう多分ダメだって、って、え?先輩?
『エイス先輩。助けて……』
その声は明らかにリタだった。
俺はその声で我に返り、手を引っ込めて銃剣を握る。
「ぐオオオオオっ!!!」
俺は自分の太腿を突き刺した。ザグっというイヤな音とともに、赤い液体が飛び散る。
「ヒャハハハハっ!!秘技 魅了破りだ!!!俺に魅了は効かねぇんだよ。何度も騙されてるからなぁ!!対策してるんだよ!!」
『……エイス様』
ディアの声色にどこか蔑んだニュアンスが含まれていた気がしたのは気のせいであろう。
「ほう、わらわの魔法を……」
そう言うと、作戦を切り替えたのか、白狐は無詠唱念力の構えをとった。
「甘えよ!」
俺は魔弾を、一瞬にして構えて撃った。
血の滲むような訓練の末、身につけた秘技「早撃ち」である。その発現の速さは無詠唱魔法を上回る。
白狐は建物の外に吹き飛んだ。
『容赦ないですね……』
ディアが呆れている。
「あいつどう見ても強いからな。まぁそれにリタだし大丈夫だろ」
俺は外を見てそう言った。
なろうで主流?な展開でないかもしれませんが、ちゃんと落ち着くべきところに落ち着きますので、是非続きをお読み頂ければ幸いです。一応、さりげなく仄めかしてたつもりだったので、お気づきの方もいらっしゃったかもしれませんね。
あと、何回もすみませんがざまぁ展開に概ね目処がついたと思ってるので、タイトルを厨二感のある、よくわからん感じにします。ご容赦ください。なろうで描き始めたばかり故に色々と試しております。