15_ side:王国聖騎士団⑤
「呪具に洗脳されるなど、儂も衰えたものだな」
そう自嘲気味にエックハルトは呟いた。
「だが、その催眠の影響を何故か受けなかったのが、ここにいるエイスだ」
「ああ、俺は明確に覚えているよ。団長は半年前の騎士団会議を最後に姿を消した。そのときにちゃんと言ってたんだぜ?権限を分割して、組織的にやっていくってな」
「ふん、エイスよ。今更貴様の記憶など当てになるものかよ……ちゃんと記録がここに残ってるんだよ!!」
ガイストがここぞ、というタイミングを見つけて、議事録を指さしながら大声で捲し立てた。
エックハルト団長もさっき、権限を分割して移譲する、って言っていた中で、なかなか勇気のある行動と言動である。そこにはベルナルドを主軸として、権限を委譲する、という内容が、記載されていた。
半年前の日付とエックハルト団長とベルナルドのサインが、そこにはしっかりと書かれている。
エイス先輩はそれを見てニヤリ、と唇を歪めて笑った。
「じゃ、これ使ってみようか?」
そう言うとエイス先輩は魔道具らしきものを取り出した。エイス先輩が光の粉のようなものをガイストの議事録にふりかける。
そうすると宙に文字が浮かび上がる。
それは、1か月前の日付と、ガイストとベルナルドのフルネームであった。
「エイス、これは……」
「これは俺の友達……まぁ、あの有名な賢者の後継者リヒテルにもらった、書類を書いた日付と書いた人間がわかる鑑定の粉だよ」
「!!!」
ガイストの顔色が青白くなる。
「おかしいなぁガイストよ。お前この時点では騎士団会議に出てなかった筈だぞ?しかも書かれたのが1か月前?」
ガイストはワナワナと震え始めた。ベルナルドは凄まじい目でガイストを睨んでいる。
「……紙が汚れていたから書き直したんだ」
「おいおい、じゃあその汚れている元の書類はどこだよ?」
「……なくした」
「ああ?なくしただと?ふざけるなよ。じゃあその次の回の議事録は?」
「それも一緒に無くした……」
「いーや、無くしてないね」
「ふざけたことを言うな!!」
「原本ここにあるもん」
そう言うとエイス先輩は鞄から書類を取り出した。
そこには、騎士団の各隊長に権限を分割して移譲する、という内容と半年前の日付、エックハルト団長とベルナルドのサイン、そして記載者 エイス先輩の名前が綴られている。
「な!なぜそれを貴様が!!まさか!!!」
ガイストは充血した目を見開き、ひと際大きな声でそう言った。
そしてエイス先輩は粉をかける。
そして、宙に浮かび上がった文字は、6ヶ月前の日付と、エイス先輩の名前、エックハルト団長、そして……ベルナルドの名前が浮かび上がった。
その様子を見て、どよめきの声が一同より上がった。ジェミニアに至っては含み笑いを堪えている。
「ここにはちゃんとエックハルト団長が権限委譲について語った騎士団会議の内容が議事録として残ってるよ。ま、内容があんたらのと違うけど。ベルナルドさん、ちゃんとあんたもサインしてたぜ?」
エイス先輩はその議事録を皆に見せつけてそう言った。
二人の顔面は最早蒼白である。
「な、何故お前がそれを……」
ガイストが呟くように言った。
「そりゃあ、こんな重要な議事録の原本は、隠し金庫に厳重に保管するよな。当時からお前らの動きは不審なところがあったし。配ってたり、表向きに保管してあるのは複製だよ。手に渡った分は渡した分は処分したかもしれないけど」
「ち、違う、これは……何かの間違いだ。お前が我々を貶めようとしているんだ!!」
ベルナルドは最早なりふり構っていない。
「おい、ベルナルドさんにガイストさんよ。もう言い逃れはできないぜ?議事録の捏造?そんなもん即追放だよ追放。この魔道具らしき粉の有効性は後でどうとでも客観的に確認できるからな。そこは理解してるんだよな?それを踏まえた上で文書を偽造した意図は何だよ?」
ジェミニアが二人を追い詰めにかかった。
「知らん!それが真実だとして私のやったことではない!ここにいるガイストがやったことだ!」
「な、あんた何言ってるんだ!あんたの指示でしょうが。しかもサインしてるでしょうよ!」
などと、二人は互いに罪を逃れようとし始める。
醜い言い争いが数分続いた。
「黙れい!!!」
会議室が揺れるんじゃないかと思うほど、大きな声を出したのはエックハルトだった。
その後シーンという音が聞こえたんじゃないかと思うほどの沈黙。
「ベルナルド。お前には期待していた。故に残念だ」
ベルナルドは項垂れる。
「ガイスト、お前もだ。エイスを目標として追い続けるその姿勢。いずれは騎士団の柱になる男と期待していた」
ガイストの目には涙が浮かんでいた。
「だがな。貴様らは儂の息子や娘達を操り、偽り、傷つけたのだよ。その報いは受けてもらう」
エックハルト団長は、そこまで言った後に大きく息を吸い込んだ。そして、これまで以上の威厳を持って、その言葉を発する。
「ベルナルド、ガイストの両名は一週間の投獄と尋問、そして、その結果如何で追放とする」
エックハルト団長は一気にそう言った。
それを聞き、ベルナルドは、椅子から落ちてへたり込み、ガイストは机に突っ伏したのだった。
そして最早、生ける屍と化した二人を、刑罰部隊と言われる四番隊が拘束する。
「な、貴様ら!やめろ!やめるんだ!」
「いやだ!いやだー!」
どちらがどちらのセリフを吐いたかは最早よくわからないけど、そう言うようなことを言いながらベルナルドとガイストはしょっ引かれていくのだった。
エイス先輩は淡々と二人の後ろ姿を、目で追っている。
「『ざまぁ』って言葉は、本当はこういうときに使うものなんじゃないか?ガイストよ。ま、俺はそういう気持ちにはなれないが」
よく分からないけど、エイス先輩がそういう風にガイストの方を見て呟いているのをボクは確かに聞いた。
ボク達はその一部始終を眺めた後、咳払いをした団長の方を向き直る。
「さて、エイス=インザフォールよ。この度はご苦労であったな」
エックハルトはエイス先輩の方を真っ直ぐ見据えてそう言った。
「ありがとうございます。だが俺は現在、騎士団の人間ではありません。労いの言葉はベルナルドとガイストの独裁に耐えて、今日まで騎士団を繋いだ皆んなへ与えてあげてください」
「ふっ、そうだな。皆の者よくやった!」
「そして、団長。今回ここまで奴等の企みを暴くことができたのは、特にここにいるリタ=ホワイトと、まぁ認めたく無いけどジェミニア=アッシュフォード両隊長の働きが大きいと考えます」
エイス先輩はらしい言葉でボクとジェミニアを労った。ジェミニアは横を向いて苦笑いをしている。
「ふむ、なるほど。わかった。二人への褒賞を検討しよう」
「団長!違うんです。ボクは何かを成したわけじゃ無い。結局、エイス先輩とジェミニア先輩の力なんです!いつもみたいに!だから……」
ボクは言葉に詰まってしまった。
「リタ、違うよ。お前の一生懸命さのお陰で俺は生き延びられたし、ジェミニアも動こうとしたんだ。それに関してはお前は自分を誇らなくちゃならないよ」
エイス先輩は相変わらず優しくて、ボクは泣きそうになった。
「……そんな」
「と、言うわけで団長、俺は一旦戻りますよ。騎士団のことも騎士団だけで話さなきゃならんでしょう?」
「……エイス、お前はそれでいいのか?」
団長の目は先輩を見据えている。
「俺は今の自分を気に入り始めているんですよ」
エイス先輩は真っ直ぐにそう答えた。
「ふっ、そうか。お前はそう言う奴だったな」
団長は魅力的な笑みを溢した。
「そういうことで。ま、まだやることはあるし、とりあえずしばらくは来客として泊めてもらうよ。じゃあなリタ」
そう言うと先輩はいつものようにボクの頭に二回、ポンポンと手を置いて去っていった。
うっ!またやりやがったあの無自覚系色魔が!
ボクは胸の奥にどこか甘くも切ない感情を感じつつ、エイス先輩の後ろ姿を見送った。
次回、急展開します